We are not alone III

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We are not alone III

 ハルカの愛車に乗り換えた二人は、服装も普段通りのスーツ姿に戻っている。ただ、そんな二人の車が進み、やがて、ドアをバタンとしめたところは、いつの時代の名残なのか、荒れ果て、朽ち果てた建造物が立ちならぶ廃工場の一角であった。 「……わかってるわね。警戒を」 「うい」  そして、革靴に砂利の音を踏みしめさせながら、ハルカの凛とした指示にはトオルも頷き、周囲に注意を広げながら、午後の青空がたちこめる、建物の暗闇のなかへと、二人は進み、入っていく。  間もなくして、人々が使い倒したままにしたサビだらけの機器類があちこちに佇むなか、愛らしい鳴き声を響かせながら、あちらこちらから現れたのは、猫の群れではないか。  ハルカたちは互いに顔を見合わせると頷き、やがて、此処にくるまでに購入した、キャットフードなどを、各自が手にしたビニール袋から、既に常設されているようにしてそこに有った皿などにひろげ、すると、ニャーニャ―とした彼らは待ってましたとばかりに、それに飛びついていく。  ただし、そんな癒される光景だというのに、それらを見つめる二人の視線は、あまり微笑ましそうでもない。やがて、言葉を選ぶようにしながらのハルカが、 「あの……キュウビ、様?」  と、話しかけるようにするのは、猫たちの食事のひと時の群れの方向だ。だが、猫たちはただ、ただ、一心不乱に食事に夢中、といったところである。   今度はトオルが、「おーい。キュウビさーん。あのー、お食事のところ、悪いんですけどー」などとやってみせ、すると、漸くとして、 「……急かすな。うぬら」  と、どうも、声は、猫もまっしぐらな集まりのなかから聞こえてくるようだ。 「ごめんなさい。私たちもスケジュールがありまして」 「ところで、うぬら、昼は食うたのか?」 「いえ、まだ」 「そうかそうか。地球といえば、今やその人使いの荒さ。ブラック企業なんぞ言葉、ほんの二百年前はなかったいうのに」 「さっすが、キュウビさん、わかってらっしゃるー」 「我が主の星にでも雇ってもらえ……と、いうのも芸のない話よの……にしても、坊に娘は、他のと違って今日も珍妙よのー」 「まじすか? えー、俺らのなにがっすか?」 「ふっふっふ……」  そして、話の雰囲気は、声の主とトオルによる世間話にでもなりかけてしまえば、午後のひと時に、トオルは座り込み、とうとう目についた猫のことなどを撫で始めた。 「あの。目視したいので、そろそろでてきていただけますか?」  ただ、すぐ空気が緩む部下には、眉を八の字にしつつ、ハルカは忠実に任務を遂行しようとする。  すると、それまで、どこから現れる声だったのかもわからない出所だったが、 「なに、造作ない。うぬらの目の前におるよ」 「うお?!」  途端に、それまで、トオルの手の平のなかで、喉を鳴らしていた猫の瞳が、パチリと開いたと思ったら、その口元から紡がれた言葉の数々は、間違いなく先刻からの続きであり、突然の出来事に長身がのけぞって驚いていると、その尻尾の数なども、みるみる増えて、しまいには九本となっていくのだ。 「なんだよ。びっくりさせんでくださいよー」 「きつねはばかすためにおるからの」 「いやいやいや。どう見ても猫ですから」  そして尾も九本とした猫と会話をはずませるのもトオルの定番のような光景であったが、そんなやりとりに、腰に手をやったままのハルカは、しばらくは黙って眺めていたものの、 「どうですか? ご加減の方は?」  と、本題を切り出す。  九尾の猫は、そんなハルカのことをじっと見上げたが、 「なに、不自由ない。いつ、主が迎えにきてもかまわないほど壮健である」  と、言い切ると、言葉の語尾には、猫特有のニャーという鳴き声をつけ加えるのだった。    こうして「巡視」のスケジュールは「二件目」の後も、次々にこなされていこうとしている。その車内では、思わぬ渋滞に、ハルカが、「あっちゃー」などと、ハンドルを握る指先をはねらせてみたりして、珍しく、多少の焦りも顔に浮かばせたりしていると、 「……なんだか、夢でも見てんのかって気にもなるわな」  と、助手席では、トオルが切り出した。 「なにがよ?」 「いや。だから、九尾の狐が、実は宇宙人だったなんて、日テレもびっくりだろ」 「なによ、その例え。ていうか、それを言うなら、キュウビ様は、宇宙生物、っていった方がいいみたいよ」 「えっ? そうなの?!」 「私も、今日、開示された資料で、少し、びっくりしたわ」 「えー。どういうー……」 「後で、資料見せるわ。まあ、少なくとも、江戸時代から、『主』って方を、地球で待ってらっしゃるってことになるわね」 「……捨てられちゃったのかな」 「えっ?」 「なんか犬とか山に捨てる人、いんじゃん。あれと同じでさ。ここって銀河のなかでも外れらしいじゃん。だから……」 「そんなこと……!」 「実は、前に、フランとも話したことあんだよ」  そして、その名を呼ばれればハルカの眉がピクリとする。 「俺は信じないって言ったんだけどね。だってわざわざうちらに溶け込んで暮らすメリットがよくわからんじゃん。そんなん、都市伝説でしかないって」 「…………」 「フランの星じゃ、みんな、種族違っても堂々としてるらしいよ? まあ、それとこれ、どう関連あるかなんて、もう、宇宙人の考えてることなんて、わっかんねーけどさー」 「…………」  それは例えば、フランの、トオルに対する「慕情」が、自分のなかにまで伝わってきた超能力体験もしたハルカであったが、ふと、思えば、なら、その溢れんばかりの想いは結局どこからはじまったのか、同じ女としても謎だったと、つい、ブラウンの瞳も、瞬きとともに同意したくなったが、とりあえず、コホンと咳払いの一つもすると、 「いったでしょ? トオル。私たちは任務を遂行する。それのみに、一点集中。及び、『巡視対象』への余計な詮索は禁止」 「ういー。わかってますよー」 「それに、異星種って言い方も、いい加減、慣れて」 「ういー。ういー。異星種ーイセイシューリセッシュ―」  上司の小言を前に、とうとうふざける、とんでもない部下であったが、思わぬ語呂遊びに、「なによっ。それ」と、プっと笑った五代ハルカは、タイトなスケジュールをこなさんとしていた生真面目な心も、多少、ほぐれたようだ。
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