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We are not alone IV
時刻は夕方のその辺りをさしはじめている。車内にて、ハーフアップとされていたハルカの長い髪は耳元を触るようにしていて、やがて、何事かに向け、「……こちら、特別班『かぐや』」と応答をはじめたが、「……了解。では、任務の遂行にはいる」と、話を区切ると、
「『経路確保』、だそうよ」
と、運転席に向け、語りかける。すると、
「……みたいだな」
などと答えるトオルは、やけにしわがれ声だったりするではないか。
ハァーと一度、ため息をついたのはハルカであった。そして、
「一瞬、待って。私、ここの現場に関しては、まだ、心が追っついてないの」
などと、もう一度、ため息をもらす。
「……いやいや。なかなかなもんだよ~。あんた」
すると、トオルは、そんな彼女の姿をまじまじと見つめながら、気分の上ずりを隠せない様子だ。
とうとうハルカは、そんな運転席に向け、キッと睨んだ。そして、
「あんた、また、へんな気持ちで、見てるでしょ?!」
「え? い、いやいや。そんなことは……」
「今は仕事中なのよ? 遊びじゃないんだから!」
「わかってるって~……」
ただ、ハルカから運転を変わった者は、どうも、まるで他人のような声質となっているのは変わらない。
ハルカはよくある乙女心のように、自らの体をかばうようにして、ここまでを詰問していたが、漸く、一通りを終えるようにすると、
「全く……! いくわよ!」
と、相手を促した。すると、トオルも「ういー」という答えでもって行動を開始したが、こうして車内から現れた二人の姿は、学生カバンもジャラジャラとした音をたてれば、ハルカは、その美脚を存分に現すかのように丈も短く、胸もはち切れんばかりのシャツをリボンとブレザーで覆った、制服姿の女子高生であれば、トオルなどは、映画の特殊メイクも仰天といった具合の、ジャージ姿の白髪の老人と化しているではないか。
「やれやれ……それじゃあいくかのぉ~」
そして、トオルなどはすっかり成り切って、よぼよぼと歩く姿も様になるのは性格故か、「そ、そうですね~」と、ハルカは合わせつつも、「急いで……!」と耳打ちする。やがて、二人が停めた駐車場の住宅街から見えてくるのは、高校の、それも裏門で、やがて、ベルの音が響き渡ると、シンとして静かだった廊下は次第と賑やかになっていくのである。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
と、互いに挨拶を交わす、その学校は、どうやら令嬢だらけの女子校のようだ。
「先生、ごきげんよう」
「はい、ごきげんよう」
女学生に挨拶を向けられれば、そのトーンにすら全く違和感を感じさせないトオルの老人姿には、ハルカにとっては、音楽や語学以外の、新たな本人の才能を見た気がしていたが、
「あのこ……」
という言葉に、ドキリとしてしまうのはむしろハルカの方だった。
ただ、その後のフレーズが、「綺麗ねー」だとか、「かわいい……」、「モデルみたい」を通り越して、「食べちゃいたい」まで到達すると、赤面は混乱のためにあるようなものだったが、
「うお、リアル百合JK展開、やば」
と、耳ざといトオルが、老人の風体には似つかわしくない小躍りで喜びを表せば、ハルカは「バカ!」と小声で注意する。
年も年故に、複雑な心境は隠せないハルカであったが、今宵も放課後の学生たちの風景のなかにはすっかり馴染んで問題ないようだ。
こうして二人は、歴史も古く、巨大な校舎のなかを潜入していく。やがて、二人は人気もない場所にある理科室に辿り着くと、改めて、周囲を見回し、その一室のなかに入り込むのだった。
夕焼けの窓の光を床に落とし込んでいる学び舎の一角に、それまで、よぼよぼ歩きだったトオルなどがしゃんとして仕切り直すと、「やー。この理科室の匂いって、全国共通なんかなー」などと歩きだす。そして、ハルカも共に行くと、一隅の箇所にて、
「あのー、『模型』さん」
と、語りかけるのだ。
そこには人体模型が立ち尽くしていた。ただ、ハルカが声を発するや否や、それまでただただ、じっと虚空のなかにあったはずの眼は途端にギョロリとして、ハルカの方を見、
「あっらー。今日も来てくれたのー。かわいらしい、スタイル抜群JK特務ちゃんっ。おばちゃん、食べちゃいたいわっ」
と、途端に、まるで一部の中年女性特有のしわがれ声でもって、カタカタと、体の随所随所を動かすと、カチャンと開いた口のなかからは、やけに生々しい舌だけが一瞬、這いずり回った。
作り笑いをしながらもハルカに悪寒も走るなか、隣で、げんなりとした表情の扮装したトオルなどは、
「……この百合は、まじ要らね」
と、聞こえない程度にボソリと呟いたはずだったのだが、「おばちゃん」と呼称はしているものの、間違いなく地球人の男性の形をしている「模型」は、
「あら、トリックちゃんは、相変わらずへらず口ねっ。これだから男は!」
などと、やり返す。
「二人とも!」と、両者をなだめたところで、理科室の前を生徒たちが通る声がして、思わずハルカは息を止めるようにもしてみせたが、
『……じゃあ、時間も時間ですし、本日も、後の報告はテレパシーで』
と、目の前の人体模型を見つめながら、心のなかで思ってみることにすれば、『わかったわ』などと、眼をギョロギョロとさせる模型が発していたはずのしわがれ声が、彼女の体内に響き、それは、かつて、赤い角の乙女が地球にいた頃、既に似たような体験を済ませていた制服姿ならば尚更当たり前、というふうに、やがて、任務の着手をはじめるのだった。
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