We are not alone Ⅴ

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We are not alone Ⅴ

 それは丁度、再び車内に戻り、トオルなどは、自分の顔を覆っていた皺だらけのそれを破って剥がすと、声帯にもつけられていた、変声マシーンも無造作に外しつつ、ハンドルを握っているところだった。 「いや。スパイ映画かよ、ってな」  そして、おどけてみせるのだが、ハルカなどは、尚、自分の年を鑑みれば、あまりにいびつすぎると思わざるを得ない女子高生の格好に耐えかねて、 「は、はやく、拠点にいって!」  と、促す。  そんなとき、あまりに短すぎるスカートからのぞく美脚の肌と、学生時代から変わらないプロポーションも合わされば、普段、滅多にお目にかかれないシチュエーションに、男心はそそられるというものだ。  思えば、学生時代のミスコンに誘ったのはトオルの方であったりする。そしてそれが見事に当たれば、本人はプロデューサー気取りであったりした。  ただ、キャンパスの学生たちの瞳を一気にハートマークにさせた美女は、当時も、自分の美貌に関しては頓着せず、むしろ恐縮なようにして受賞を受けていた。  そして、そんな夜に限って、二人が住むアパートの隅にて、彼女の体を求める渇望がやけに激しかったのは、そんなミスコンを意のままに弄ぶことができるのも自分だけと、それは、若さ故の未熟に歪んだ独占欲と優越感であったのだ。  ただ、聡いことに関しては、いつの世も女が上であることは変わらない。 「ちょっと!」 「へ?」 「ちゃんと運転して!」 「え? あ、ああ! えっと」 「……もぅっ」  むしろ、トオルの欲望が男としてあまりに忠実すぎたのかもしれない。鼻の下をのばしきった男の視線に、美女の視線が険しくなることも至極当然と言えるだろう。ハルカの手などは守るようにして自分の体を覆っている。  トオルは我に返るようにして運転に気持ちを切り替えた。ただ、空気はどこかしら気まずい。とりあえず、トオルのしたことといえば、 「や、やー。にしてもさ。あの、模型、さん? あそこまでいくと、もう、異星種って、そもそもが、なに? って次元だよなー」  などと、話をふることくらいだ。  尚、ハルカは顔を険しくしていたが、 「異星種は異星種! 私たちは、特務として、任務を遂行するだけ!」  と、言い切るように語る口調は、どこか、自分に言い聞かせるようであったかもしれない。 「まあ、そうなんだけどさー……」 「はやく、拠点戻って! 次の準備もあるんだから!」  すごい剣幕なのは、押し迫るスケジュール故か、はたまた、その強要された姿から早く脱したい乙女心か。トオルとしては計り知れないといったところだが、もう一度、見納めのようにチラリと助手席を見ると、 「……ういー」  といってハンドルをきるのだった。  春のうららの隅田川にて、いよいよ時間帯は夜となっていた。  駐車場では、インカムを装着したトオルとハルカが佇んでいる。  やがて、ひとつの連絡が入ると、両名はともに、「了解」と答え、顔を見合わせて、頷く。  しばらくすると、駐車場には、年頃は壮年ともいえる、メガネをかけた男性のスーツ姿があらわれ、 「やあ……きみたちか」  と、その声は穏やかながらも、なんだか、とてもよわよわしげで、姿格好も気分でも悪そうにフラフラしているではないか。 「だいじょぶっすか?!」 「お疲れさまです! さあ、こっちへ!」  二人にとっても男はすっかり顔なじみであるようだ。駆け寄りながら、彼らは川の方向へと移動していく。  もはや、男のことを二人が両側から担ぎながらの移動は、表向きは酔った上司を介抱する風体を取り繕っていた。ただ、演技を繰り返しつつも、 「くっそ。どこもかしこもカップルだらけじゃんか……」  などと、トオルが苦々しそうに呟いたのは男故の嫉妬だからではない。そして、 「……しょうがないわ。夏も近いし」  と、ハルカも続けるのだから、それはいよいよ何か切迫した理由でもありそうだ。  今や、隅田川テラスの一角にある公共トイレの前にて、ハルカは注意深く周囲を見回しているところだった。そして、「今よ!」といった刹那、トイレのなかからは、「ダッシュ!」などというトオルの声が響き渡る。 「うおおおおおお……!!」  とうとう、最後の力を振り絞るような雄叫びが聞こえたと思ったら、トイレからは、さきほどの壮年の男が飛び出してくるのである。ただし、その姿は全裸で、つい、ハルカなどは一瞬でも目のやり場に困ったものだが、次の瞬間には全裸男は、ドボーンとしぶきをあげ、川に飛び込んでいて、見届けるようにしてその元へとハルカのヒールは駆けつくために、コンクリートに音を鳴らす。 「いかがですかー?!」  そしてハルカは、水しぶきに向け、問いかけてみせたりするのである。 「いやー。あぶねーあぶねー」  すぐに後から声をあげたのは、トイレからでてきたトオルで、その手元には、男が先程まで着用していたスーツ一式が収まっている。 「あ、ほら」 「おうっと、サンキューっす」  そして、ハルカはそれらをしまうための、デパートにでもあるような紙袋を用意していて、トオルはそれらを隠すようにしまうのだ。 「プハー、生き返ったケロっすー」  丁度、二人が一連のそれらのことを終えていると、先程の水しぶき辺りから浮かび上がってきた者は、全く声音が別人となっていた。  否、別人なのは声だけではない。なんと、夜の川面にひょっこりと顔を出したのは、頭の上に皿らしきものをのっけて、皮膚も緑をした、河童ではないか。 「よかった……!」 「やー。さっき、顔、真っ青でしたもんねー……まあ、今も、真っ青、ですけど」 「こら! 失礼でしょ!」  ただし、河童姿を前にして、トオルもハルカも平常時のやりとりである。すると、「ケロッケロッケロッ」と、河童は笑っているようだ。 「別にいいケロよー。日本語の顔、真っ青は、うちらの星じゃ誉め言葉だったケロよー」 「……で、でも。ほんと、うちの長瀬がいつも、すいません」 「気にしないケロよー。あーPaleなんかも誉め言葉ケロねー」 「あー。もともと、アメリカ住んでたんでしたっけ? UMA0134さん」 「Yes I lived~」 「Oh~、That,s good」 こういったときこそトオルの語学力も光るといっていいかもしれない。ただ、その分、ハルカが周囲の監視に集中していると、 「人、来た!」  などという一声で、ドボンとUMAは水の中に姿を隠し、ヘラヘラと川に向かって英語を紡いでいた男は取り繕うように、ハルカの肩を抱き寄せれば、つい、ポッとなりながらも、ハルカもそれに身を任すのだった。  少し不思議そうな表情をしたカップルが、ハルカたちの背中を見ながら通り過ぎ、そして、充分な距離が確認できたところで、 「……大丈夫です。UMA0134さん」  と、ハルカは続け、すると、ほっとしたようなトオルの力が抜けるとともに、河童も顔をだす。また、 「体調、どうです? そろそろよくないっすか?」  と、切り出したのは寧ろ、トオルの方だった。ただ、川面のUMAは呆然としたようにして、「どうしよケロ……」などと、その表情はなんだか真っ青だ。 「えっ? どうしたんすか?」 「そこに、メガネ型の……いや、メガネ、ないケロよね?」 「え~……ないっすよ」  ガサコソと袋のなかの男物をあさるトオルと共に、ハルカたちの空気は不穏なものになっていく。 「……どうしよケロ。落としたっぽいケロ」 「えっ?! 大変!」  ハルカたちにとってはメガネにしか見えないそれは、UMA0134にとって、生命維持装置のひとつであるということは、彼らに開示されている情報にも有る。 「やばいっしょ。UMA0134さん、もいっかい、川のなか見てくださいよ。てか、ハルカ、これ持ってて。俺、トイレ、見てくる」  そして、一式の入った袋をハルカに手渡すと、トオルは駆け出した。
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