We are not alone VII

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We are not alone VII

 その鳥居の向こう側には、小さな木造をした祠などが佇んでいる。そしてハルカなどは袋から、チョコモナカジャンボを取り出すと、それを本堂の置かれた台の上の角ばった四隅に置き、今度はトオルの方を見て、促すようにした。 「……や~。あれをやれってか~」  などと苦笑で返したのはトオルの方だ。 「しょうがないでしょ。……私もがんばるから」  また、ハルカも自分に言い聞かせるようにしている。    はぁーっと、トオルはもう一度、ため息をついた。ただ、気を取り直すようにすると、足を振り振り、手を振り振り、へたくそなハワイアンダンスのようなものを踊り始め、そのまま祠の建物自体に近づくと、 「アーメン、ソーメン、ヒヤソーメン」  などと、呪文のようにしては、その周囲をグルグルと回り始めるのである。  月の光が木陰から差し込む程度の暗闇ながら、これには流石の長瀬トオルも赤面を隠せないといった感じだ。そして、何度目かの周回を終えたところで、ハルカの方を見る表情は、(真剣に、もう勘弁してくれ)と訴えていた。  訴えられた方の五代ハルカは同じく既に赤面だった。ただ、本人も意を決するように、一先ず、キッと眼前を睨むと、そっからはまるで悶えるような表情を作り、豊満な自らの胸を自らで掴み、デリケートゾーンをも覆うようにしなをつくると、 「やーん。まいっちんぐ~」  と、敢えて、艶っぽい声をだす刹那は沸点にすら達する勢いだったが、突如、祠からはドロンとした煙があがると、 「ふむ……なかなかに仕上がってきたの」  などと言いながら、現れたのは樽のような体をした、蛇にも似た爬虫類のような姿であった。ただ、蛇のように這いずるわけでもなく、イキモノは、尺取虫のように体をうねらせてはずるずると祠の建物を移動し、やがて、隅に置いてあったチョコモナカにパクつきはじめるといった具合だ。 「ヒルコ様……」  そして、その登場を見届けると、ハルカなどはほっと一息といった様子で体勢を解こうとしたのだが、 「我はもう少し楽しみたい。ナミはそのままに。ナギはもうよい」  と、それはこのイキモノの現地語でいうところの女性と男性を示すということは、ハルカもトオルも理解してはいたというものの、ギロリとした蛇の眼は、一度、そんなことを言い放ち、ハルカに体勢の維持を命じながら、自分はそっぽを向くようにして、モナカのある方角へと背を向けるのだから、これではまるでタチの悪い放置プレイではないか。  とりあえず、トオルは元通りにして、ハルカの元に近づく。すると、そこには顔を真っ赤にした自分の上司が、ついには瞳を閉じるようにして、ぷいとそっぽを向いてしまったではないか。  そして、そんな羞恥に耐えている美女を前にして、太古から、時に、地元の人々から神として崇められていたらしい、その異星種は、チョコモナカを食べているだけで、顔を向けようともしないのだ。  トオルにとって、ハルカはかつての恋人だ。ましてや今ではビジネスパートナーであり、寝食すら昔のように共にしていれば、この異星種の前では、不動心を心がけることがモットーだとしても、気ままな性格は抑えることはできない。 (……まじ、悪趣味、こいつ)  それは明らかなトオルの不快感だった。すると、モナカを頬張る蛇づらは、ギロリと長身の方に視線をやり、 「おい。ナギ、今、罵ったな」 「げっ」 「ちょっと……!」  恥辱に耐え続けながらも、見透かされた自分の部下に、注意するのは、ハルカの方で、 「う、うちの部下がすいません。ヒルコ様」  と、尚、言われた通りの体勢を維持したまま、愛想笑いすら浮かべる始末だ。 「ふむ……」  ヒルコなる異星種は、漸くとして、二人の方に視線を移し、その眼は、不気味に煌々とさせると、細めたりしながら、二股に分かれた舌も蛇のようにチョロリと出すと、音もなくふいに宙を浮かんで彼らの元に近づいてくる、その姿は、正に空を飛ぶツチノコ、といった具合だったが、 「我が機嫌を損ねたとき、特務のぬしらの他のエージェントがどうなったかは知っておろうな……」  その細める眼を前に、トオルたちの表情はこわばる。彼らが事前にチェックした資料では、時に、最寄りの駅の改札口にて、「一袋、毎日三百円! 心からのおもてなし!」などという意味不明な台詞を、行き交う人々に延々と絶叫し続けることを強要されたり、「私の履歴書」と書かれたプラカードを首からぶら下げたまま、街中にずっと立ち尽くしていなければならなかったり、なかには、素っ裸で、コンビニに山盛りのチョコモナカを買いにいかされた者もいて、街でたまに見かける不審者の一角はこうして形作られていたのか、などと、トオルなどは思ってもみたが、ただ、こんなとき、生真面目なハルカに比べれば、やはり、反骨といえばトオルで、 (……て、言ったってよ……!!)  と、それでも、物申したい感情の蠢きは、もう、抑制のしようがなかった。  見透かしたようなツチノコの細い視線は、更に一筋に近いほどのものになったかもしれない。ただ、 「ふむ……たしかに、お前たち二匹をよこせと言ったのは、我じゃ」  と、蛇のような舌も、今や、出したりひっこめたりを繰り返すヒルコは、どこか笑っているようですらある。 「まさか、銀河で、ここまで異界が交わることがあるとはの。乱世はこれだから面白い……」  そして、二人が瞬きしか繰り返せないでいると、 「それが、ヒトのナギとナミとはの……いよいよ、世の果ての匂いが立ち込めてきておる……」 「?」 「??」  ツチノコの言っていることが少しもわからない二人にとっては首をかしげるしかない。 「なに。最果ての地とはいえ言わずもがな、全てはとっくにはじまっていることよ……大儀であった。また来るがよい」  そして、一通りのことを勝手に述べると、ヒルコは、ドロンとした煙でもって、再び姿を隠してしまった。 「あの偉そうな蛇野郎、なんなん?! まじ、いつもえらそうだし!」  帰りの車の助手席では、トオルがひどくご立腹である。 「しょうがないでしょー。もともと神様なんだから」  ただ、運転を続けるハルカは、そうは言いながらも、流石に自分に言い聞かせるようにもしているようだ。そして、ふと、運転席の時計を眺め、「あら、日付、変わっちゃう」と、ボソリと続けると、 「……今日は、もう、いいよ」  と、ふと、口にしたのはトオルである。 「なにが?」 「こっから、また、一旦、戻って、レポートあげて、で、帰宅なんていったら、また深夜じゃん。どーせ、明日も早いしさ……できたて手作りは、また今度」 「…………」  そして、刹那、彼の横顔にハルカは視線を移したのである。そこには口を尖らしたような横顔が垣間見えた。 「どんなポーズさせてくれてんのよ……一方的に消えやがって」 「…………」  その一言は、つい、でた、トオルの本音で、主語は明らかに自分に向いていることくらい、多少、鈍感な気のあるハルカでもわかる。 「わかった」 「んー?」 「じゃあ、また明日ね」 「えっ?」 「デザートもつくろっか。あなたの好きなチョコのケーキで、どう?」 「えーっ?」  すまして話を進めるハルカに対し、ご無沙汰だった本人大好物の、その料理スキルを匂わすレシピを投下されたら、男の表情は変わる。 「明日は、一日、あんたの訓練なんだから、もう少し早く帰れるでしょ。成城石井、寄るわよ」 「うおー……!」  こうして新しくはじまった二人の暮らしは、少しずつ定着し、それは当たり前のように明日もあるようにして織り成され、巡っていくように思われたのだった。
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