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青天の霹靂
その日も、隣で眠るトオルの、経年があっても変わらない、無防備な寝顔をジッと見つめた後、ハルカは音をたてないようにして、そっとベッドから出、一通りの支度をすませば、トオルの好きなコーヒーを沸かす。
流石に朝は時間がない。やがて、スマホのアラームが鳴りっぱなしだというのに、寝室からでてこない同居人に、少々頬も膨らませて、もう一度戻ると、いつものように、そしてかつての学生生活の頃のように、起こす様もすっかり様になっている。また、夜は、もっと手の込んだものにするからという一言とともに、やがて、猫背もそのままにフラフラと起き上がった長身の男に、テーブルの上に置かれた、パンやスクランブルエッグなどを早く食べるよう、促せば、後はトオルの着替えが終わるとともに、部屋を出、ハルカが特務庁へと向かう車にアクセルを踏む頃には、助手席ではトオルがまだあくびをしていて、それは、もはや、いつもと変わらない朝だったはずだったのだ。
ただ、その日、地下施設の奥深くへと二人がエレベーターで落ちていくと、開かれたドアのすぐ先にて待機していたのは、AIのロボットだったのである。
アルカイックスマイルをたたえたままのヒューマノイドロボットは、二人に、長官が呼んでいることを告げ、やがて、ナビゲーションをするのだった。
特務庁の建造物はいつだって複雑である。やがて二人が通された一室の自動ドアの向こうは、これまで二人が入ったこともない、会議室のような一室で、一角には既に、パッドの端末を片手に、赤井副長官の白衣の姿などが確認できたが、彼女が彼らに一瞥をくれる間もなく、その傍らで、やがて、地下から生え出てくるようにしたのは、自らの顔の半分を両手で覆うようにして、肘は机上に置かれた、眼鏡の向こうは、相変わらず、冷たい視線の、長瀬長官の姿だったのだ。
なにせ、まるで、ずっと未来のSF映画のような世界、仕事のなかで生きることもすっかり当たり前になっている二人だ。ハルカがすぐさま直立でもって応じる隣では、トオルが、「お~、親父~」などと間延びした声で続く。
ハルカが相変わらずな部下の態度に、何をかいわんやとした表情を向けて間もなく、
「……トオル、職場での私は長官だ」
と、口を開いたのは、特務庁長官であったのだが、そのトーンに、これまでにない柔らかみを少し感じたのはハルカの気のせいだっただろうか。
そして、「へいへい……長官、でしたねー」などと、トオルが肩をすくめてみせたりしていると、ジッと彼らを見つめる長官の眼鏡と違い、自らのそれを、少し位置を直すようにした副長官の方が、
「特務庁E階層所属特別班『かぐや』、班長、五代ハルカ、及び、班員、長瀬トオル」
と、話題を切り出す。
「はいっ!」
「うい~」
また、各自の応答のなか、なかなか成長しない部下のTPOに、ハルカの眉間はピクリと動かざるをえなかったが、
「あなたたちに、新たな任務を課します。また、これが最重要任務であると認識してください」
「はっ!」
「え~……」
これまた長瀬トオルは正直だ。彼はどこまで勤労意欲がないのだろうか。とうとうハルカは、(いい加減にして!)と目で訴えるようにして見上げたが、最上位にいる上司を前にして、一応、直立に近い態度をとっているものの、その長身はすっかり猫背であれば、スーツのボタンなど全て開けっ放しに、退屈そうに不満げな横顔でしかない。
ハルカが湧き出てくるようにする言ってやりたいことで口もむぐぐと噛みしめている頃、
「この最重要任務の間は、訓練、及び、巡視の任務を免除とする」
と、口を開いたのは長官の方で、それはまるで、自らの息子の心理をわかっているかのようだった。
すると流石に、その息子もなんのことやらと、少々目を大きくさせて瞬きをし、応じていると、
「長瀬トオル君、今回、あなたには米国に渡ってもらいたいの」
「えっ?」
「え、なに、突然、アメリカ?!」
そして赤井副長官の声がもう一度、響けば、その唐突な内容には各自が驚くしかないだろう。
「ええ。そうよ」
「えー、アメリカのどこに? 俺ら、グァムなら……」
また、トオルは、ハルカとの学生時代の思い出を紐解こうとしていた。そして、そのときの彼氏のコミュニケーション能力の高さに、若き日のハルカが惚れ直したことは言うまでもない。
「米国西部、ネバダ州だ」
とうとう言い切ったのはその父親で、「これは、米国空軍ネリス試験訓練場内、エリア51からの直接の要請なのだ」と、付け加えてきた物の言い方には、若干の悔しさのようなものが入り混じっていたかもしれない。
「五代、長瀬、お前たちに異星種の有無を問うのはもはや必要ないだろう。だが、ロズウェル事件以降、それまで宙に浮かんでいたイニシアチブは完全に米国に抑えられていたわけだが、我々は、トオル、お前という、類をみない対異星種最遭遇者を手にし、連中のつかんでいる覇権以上の『技術』も手にした。状況は確実に有利となりつつある」
ただ、語りだした内容は、ハルカたちにとってわかることもあればわからないこともある。二人が瞬きを繰り返して、その手で半分を覆った表情を見つめ返していると、
「……けれど、私たちの『宇宙』を管轄している種からの、直接の呼びかけとなれば、米国でなくても、私たちは従わざるをえない」
今度は、副長官が冷静に話を進める。
「いるのだ。米国、エリア51には。太古から、この星の歴史を、時に操ってきた異星種が。コードネームは『オグマ』という。去年から今年にかけ、我々の範疇にあった異星種フランとも通じ合っていたのだろう……お前が一番、よく知っていることではないか?」
そして、長官がギロリとしてトオルの方を見たので、ハルカもつい、視線を動かしてしまったのだが、長身は、そこで、ふと、なにかの記憶をよぎらせるようにしている。
「米国政府からの通達によると、『オグマ』は、長瀬トオル、五代ハルカ、両名との直接の対話を要望とのこと」
「我々が腑に落ちない点はそこだ。未だかつてない異星種との遭遇を一年経験した長瀬は、今や、我々の武器である『フラン・ファイル』のための貴重な検体だ。だが、五代、なぜ君まで『オグマ』から呼ばれている」
副長官の話に続き、今度、長官は、ハルカの方にギロリと視線を移した。
自らの上司に対し、五代ハルカがとりあえずできたことと言えば、改めて直立でもって応じるのみである。
「……私も盲点だった。彼の異星種は格が違うのだ……更に言えば、君には前科があったな。どうかね? 覚えはないか?」
ただ、上官の問いに対し、ハルカはなにを答えたらいいのかと「い、いえ……」などと返答に困っていると、副長官がパッドを操作し、「長官、こちら、診断時の彼女の数値です」と、その画面を見せる。
「ふむ……」
副長官の掲示に、ふと、覗き込むようにしたのは長瀬カズヒトであったが、やがて、
「……まあ、どちらにせよ、この愚息だ。ボディーガードの一つもつけんことにははじまらん話だ」
と、付け加えるように口にすれば、
「だーれーがー愚息だー?」
「ちょ、ちょっと!」
流石にトオルがイキり、ハルカがその間に入ろうとするのだ。
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