地下、深くに

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地下、深くに

 ハルカたちが、MIBの連中から、黒みがかった、モーテルの駐車場に到着した数台の乗用車に案内される頃には、ラスベガスのビルディングたちも朝の活気にすっかり満ち始めている頃合だ。  そして、後部座席に二人並んで座ると、少々、古ぼけた車体でもある、Made in Americaは走り出し、トオルなどは自分の所属している組織と重ね合わせると、(……やっぱ、どこも経費足りてねーのかな)などと、ぼんやりと思うのだった。  ハルカもトオルも、いよいよ、カモフラージュをやめて、キャリーにつめていたスーツに着替えている。トオルを通じ、ハルカに伝えられた内容が「『Queen』との謁見の時間だ」などという一言であれば、それは誰を指すかは二人ともに理解できる話であり、テキパキと支度をはじめるハルカの隣では、「……っんどくせぇな」などと、トオルは自分のネクタイを結んでみたりしたものである。 「…………」  相も変わらずスモークフィルムの貼られた視界越しに、ブラウンの瞳が、もう、見慣れはじめているアメリカの街並みを見つめていると、運転席からは異国の言葉が響き、それに関しては、すぐにトオルがなにやら返すと、片方の席の黒服は、「HA HA!!」と如何にもアメリカンといった笑いで返したりしたから、きっと同居人が、普段も日本語で繰り広げる冗談のひとつでも、英語に転換したのだろう。そして、 「……朝飯、くれるって。Thank you sir.」  と、長身が、ハルカに説明しながら、相手にも感謝を述べていると、助手席側の男が、ふいに、眼前の一角をなぞれば、そこにはボタンが現れ、彼が押すと、ふと、トオルの座る周囲の空間が揺らいだようになった、と、思えば、そこには、マクドナルドのロゴの入ったボリューミーな一式が、彼の膝の上に舞い降りるではないか。 「…………!」 「…………!!」  ハルカもトオルも、瞬きを繰り返すしかない。助手席の男は黒人だったが、その横顔がニヤリとして彼らに振り向いた。  やがて高速道路の風景を眺めながら、二人は食事を進めていく。そして、食べ終わる頃には、景色は、なにもない大地のなかの一本道といった、アメリカならではの雄大な世界であったが、ハルカが、「……ごちそうさまでした」などと一言おくと、助手席などは、「Oh That,s the japanese Yamatonadesiko,cool!」などと、思ったより饒舌だ。  ただ、またもや助手席側の人間が操作をすると、トオルもハルカも食べ終わったものをひとまとめにしてくれと言われるままに、元にもどしたマクドナルドの袋は、ふいにまた、空間が揺らいだと思えば、あとかたもなく消えてしまった。  またもや二人が驚いていると、先刻からクスリともしない運転席の男が口を開く。ただ、その話を聞いているトオルなどは、「Really?!」と、なにやら聞き返したりしている。 「どうしたのよ」 「いや。こっから、グルームレイクエアフォースペースまで、また、三時間かかんだってー!」 「そのくらいでしょうね」 「え、お前さん、知ってたの?!」  知らなすぎるのは、毎度、任務という名の目の前の仕事にいつも意識が低いトオルの方だ。改めてハルカは呆れ顔で、説教のひとつもよぎらせていると、尚、運転席の男は淡々と話を続ける。 「……でも、そこまで『Queen』を待たせるわけにはいかない。シートベルトは、しているな……」  そして、トオルが同時通訳を続けていると、男は、ハンドル付近に隠されていたボタンを出現させると、押す。  すると、あちこちから、聞き慣れぬ作動の音が響き渡ったと思ったら、古ぼけたアメ車のはずの姿はみるみる変形していき、外観などは、見たこともないロケットなどが後部からは覗いた、まるで未来都市の人々の車のようなデザインとなってしまうではないか!  それは、ハルカたちの乗る車だけではなかった。MIBの車の列は、皆、各自、SFチックな車体へとトランスフォームしていくのだ。 「舌をかむなよ。気を付けろぉおぐううううう?!」 「…………!!」  また、尚、同時通訳をトオルが続行させようとしている間もなく、ハルカたちに襲いかかったのは、未だかつてない強烈なGの圧力で、すると、辛うじて見える車窓の世界は、まるで、超高速の早送りのようにスピーディーではないか!  もはや、突風の世界のなか、自分たちの組織でも感じたことのなかったアメリカの底力に驚くことも間もなくして、とうとう、気づけば、彼らの車列は、いづこかの地下基地の一角に収納されていて、促されるままにハルカたちが降りると、そこは、天井も高く、やけに巨大、広大なところであるところは、流石、アメリカといったところであったが、デザインに関しては、特務の施設と対を張るように、まるで宇宙船、といったところで、思わずハルカも呆けるように見上げてしまっていたのだが、やがて、MIBが口を開くと、それを聞いたトオルが、 「先ずは、銃は、ここで回収させてもらう、だって」  と、ハルカに話しかける。 「…………」  我に返ったハルカは、トオルの向こう側に有る黒服たちを改めて眺める。しばしの膠着の空気すらそこにはあったかもしれない。ただ、やがて、 「……バックル、外して」  などと、部下に命じれば、未だ慣れない作業のようにしているトオルとともに、自らもスーツのふところに隠した銃装備の解除をはじめるのだった。  ただ、次の指示と言えば、二人には目隠しをしてもらうなどと、アイマスクが用意されていたりするのだ。 (……日米同盟とは、よくいったものね)  ハルカは、はじめてE階層へ出向いたときのことなどを思い出しながら、それも、しばしの膠着の時間を作りながらも、トオルに指示をだし、やがて、二人は、暗闇のなか、MIBに連れられて歩き出す。  ときに、その移動は歩行だけでなく、エレベーターらしきものにも乗ったし、途中で、なにやらゴンドラらしきものにも乗ったような気がする。  気がする、というのは、ときに、ヘッドホンすら装着されては、イーグルスの「Take it easy」などのウエストコーストで聴覚もいっぱいにされてしまい、言われなくても、密偵の本分すら果たそうとしていたハルカも、その用心深さに口をへの字とせざるを得なかった。  ただ、何度目かの、ピッとした音とともに、巨大なゲートが開いたような感覚を覚える頃には、つい、それまでのヘッドホンの世界から、ご機嫌なナンバーでもひろったらしいトオルが、それを鼻歌で歌うなか、なにやら、かしこまった英語がその室内には響く。  すると、聞いたことのある、男性とも女性とも解らぬ声が、なにかのモニター越しのようにして、ゆっくりと答え、またもや、それに対してMIBのエージェントが応じると、また、不可思議な声が応答し、 「……もめてる」  と、鼻歌だったはずのトオルは、気を利かし、ハルカに状況を説明するのだ。  やがて、ハルカたちのアイマスクは、しぶしぶといった様子のエージェントに外された。そして、MIBのメンバーの黒人が、「Have a good time~」などと、一言を置いて去っていく頃、二人の目の前には、なにかの液で満たされた、巨大なカプセルの筒が中央には置かれていて、なかには、玉座にも似た椅子状のものに腰かけた、手足のやたら長い、「なにか」がいたのである。  そして、大きな頭部には、申し訳程度の、線のような口と、二つの穴でしかない鼻がありながら、それまでそこを覆うようにしていた巨大な瞼が開かれると、漆黒の暗闇のような視界がハルカたちに向けられたのだ。 「こ、これって……!」 「ええ~……!!」  強烈な既視感に二人が驚くのも無理はない。ただ、『怖がらないで』という脳内で響く一言とともに、まるで、暗示でもかかったかのように、ハルカたちの気持ちも落ち着くと、「なにか」は、ゆっくりと立ち上がった。  「なにか」は、想像以上に長身だった。また、体のあちこちに、つき刺さっていたり、張り付けられたりしている、何がしかの注射針などとそれにつづくケーブルたちをひきずるようにしている姿はどこか、痛々し気でもあったが、『やっと、お会いできましたね』という日本語がまたもや二人の、まるで心のなかに穏やかに響く。 『わたしはオグマ。全アーシアンを見守る者の一人です。トオルさん、ハルカさん、あなた方は、選ばれました』 「…………!」 「…………?!」  ただ、穏やかな、不思議な声音ながら、見下ろすオグマは二人の夢のなかでもそうであったように、延々と全くの無表情だ。また、突然の謎の宣告に、ハルカもトオルも見上げることしかできない。
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