ソラからの彼女

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ソラからの彼女

「選ばれた……?」  思わず答えたのは長身である。  彼よりはるかに長身のオグマはそんな彼らをじっと見つめるのみだったが、 『わたしたちの宇宙、銀河は様々な生命に満ち満ちています』  語り始める不可思議な声は、目の前の本人が口を開かずとも二人の脳内に響く。 「…………」  この現象が、彼ら異星種のもつ、異能の力の類であることは、ハルカもプロとしてすぐに理解できるというものだ。  ただ、その、海のような静けさの感情まで伝わってくるとは、なんという強大な力なのだろう。渦潮を巻く怒涛のようであったフランと、またもや、ハルカなどは比べてしまう。 『そして、銀河とは、わたしたちにとっても、尚、果てしない。わたしたちがそれぞれに『管轄』を分けることになったのは、ごく、自然な流れといっていいでしょう』 「…………」 「…………?!」  そして、ハルカとトオルが何事かと思っていれば、オグマは、彼らの視界のなかに、まるで、脳裏に手紙でも添えるような感覚で、広大な銀河系のビジョンを落とし込むのだ。 『わたしたちにおいていえば、全てにおいて、見守ることに重きを置いています。生命といえば、様々な身動きがありますが、基本、全てにおいて、干渉をあまりよしとしません。それは調和とも言えますし、あなた方がいう、平和、という概念とも結びつくはずです。程度の差はありますが、これはこの銀河のどこにおいても、『管轄』を担う者たちにとっては、ごく、当然のことでありました』  ただ、オグマが語る間もなくして、なにか、悲しみとも、哀しみともとれる気持ちが、さざ波となって、ハルカたちの気持ちのなかに、そっと伝わると、二人の脳裏のなかの風景は、切り替わるようになって、そこには、焦土と化した、見たこともない都市のなか、傷だらけとなりながらも、空浮かぶ軍艦のような物体などに立ち向かい、その体から、指先から、光線のようなものを発してみせたり、怪力でもって粉砕せんとしてみせたり、正に、死闘ともいえる人々の姿が映しだされるではないか。  死闘の人々は多種多様でもあるようだが、多く見受けられるのは、人類とさほど変わらない姿ながら、髪の毛のある頭部からは、角が生え、それをカチューシャで覆っている姿である。そして、そのなかにトオルもハルカもよく見知った姿、フランが、見慣れぬ赤い軍服すらボロボロとなりながら、彼らには見せたこともなかった、正に鬼気迫る表情で戦い抜いていれば、二人が驚きとともに瞬きをせずにはいられない。 『調和が、乱れつつある今、この方が、あなた方の『呼び寄せの島』に辿り着いたことも、オノゴロという地が古くから持つ、力、のおかげなのかもしれません』 「…………」 「…………?!」  そして、オグマは、彼ら二人の故郷である、日本列島を映し出す。それには、意図がわからず、ハルカたちは思わず首をひねってしまったりしたのだが、ここにきて漸く、見下ろすオグマの大きな瞼は動き、それは丁度、目を細めるようにして、テレパシーだけでない、感情のような表情も形作られたりしたものの、 『……ときに、絶滅とは、残念なことではありますが、百億年の歴史ながら、わたしたちは必ず、あなた方の言う、平和、を取り戻すのです。……そして、これが、ビジョンです』  いよいよ、オグマは、集中するように、瞼を閉じた。すると、ハルカたちの脳裏に浮かぶ視界は、宇宙空間に浮かぶ青き星、地球が浮かんでいるのである。ただ、そこに向かって発進し続ける、まるでSF映画のなかにでてくる宇宙船の艦隊の姿などがあるではないか。そして、そのなかでも一際、母船のようにして、中心を陣取っている艦などがあり、更にそのなかへと映像は切り替わっていくと、見たこともない装置などが並んではいるものの、そこは船橋で、なかから、今や、眼前にいよいよ近づく地球を、高揚を抑えられないといった表情で見つめる姿は、仁王立ちながら、イチゴジャムのロゴマークのセーター以外、もはや、なにも着衣はなさそうな、赤い角の乙女ではないか。 「…………!!」 「フラン……!」  そして、ハルカが驚けば、トオルはその名を呼んでしまう。 『これが導かれた流れです。ですから、わたしたちは見守ります。アセンションがやってきます。あなた方からすれば、それは未だかつてない新しい時代を迎えることとなるでしょう。そして、それは、あの方と、トオルさん、ハルカさん、あなたたちを中心として、開かれることとなるでしょう。わたしたちはそれも見守ります』 「…………!」 「…………?!」  ただ、オグマの語りはときとして、ハルカたちにはついていけない箇所がある。もう一度、首をひねりたくなる二人の姿に、オグマは再び、目を細めてみせて見下ろしている。すると、次の刹那、トオルとハルカには、その体の隅々まで、オグマから波動が発せられたのだが、言葉にすることは難しいながらも、言わば、それは究極の安らぎにも似た感覚で、不思議と二人は、なにひとつ、未来を憂う気持ちすら起きないような感触すらうまれた。 「…………」 「…………!」  ただ、ハルカにとっても、トオルにとっても、かつてない刺激をうけたことは、フランが地球にいた頃ぶりだ。 『わたしからのお話は以上です。遠路はるばる、お二人ともご苦労様でした。わたしたちは、アーシアンを、『管轄』する全ての命を、見守っています』  尚、目を細めて、彼らを見下ろすオグマが、その長い両の手を広げるようにしてみせた刹那、その姿は神々しさすらあったものの、それにあちこちから突き刺さり、張り付けられたりもしている機器類のチューブたちなどは、液体のなか、ゆらりゆらりと揺れているのだった。 「…………」  再び、アイマスクの視界のなかでは、ハルカなどは、オグマなる姿の、まるで点滴だらけのような姿に、既視感もおぼえると、豊かな胸のなかにも、ふと、痛みも覚える、といったところだったが、隣では、同じアイマスク姿ながら、トオルは、すっかり打ち解けたMIBのエージェントと冗談を飛ばし合っては、バカ笑いすらやっている。やがて、移動を繰り返した果て、急に空気が変わったと思いきや、そっとアイマスクは外され、先刻も出会った黒人のエージェントがハルカにニコリと微笑みかける頃には、そこには、ただただ、だだっ広い、アメリカの大地が果てしなく続いている。そして、笑みのままに、MIBが一通りを話し終えると、うんうんと頷いていたトオルが、 「すぐにでも聞き出したいとこだけど、俺らが、オグマから何を見聞きしたかは、改めて、外交ルートを通じて、説明をもらうって。最近じゃ、要するに、『さわらぬ特務に祟りなし』ってのが、俺らのキーワードになってるんだって」  そして、MIBは、肩をオーバーにすくめてみせては顔もしかめるのも、実にアメリカン、といったところだったが、「All right!! Come on!!」と、促す先には、彼ら愛用の車が一台、佇んでいる。  トオルが向かおうとすると、それに続くようにしたハルカだが、ふと、いたずらに一陣の風が吹けば、今日もわざわざ、トオルのお気に入りだからとせっかくセットしたハーフアップを崩したくなく、乙女心が自らの髪を抑えれば、拍子に彼女のブラウンの瞳には、ふと、広大な青空が広がった。 「…………」  異国ながら、もはや、夏といっていい陽気は、どこまでもカラッとしていて、空はどこまでも青い。そして、そんな向こう側には、つい、先刻も、彼女が幻で見た、宇宙という、広大な世界が広がっているらしい。  とりあえず、そんな空の向こう側から、ハルカのよく見知った宇宙人の乙女は再来するようだ。また、その表情は彼女も乙女であるからこそわかる、「勝負の顔」をしていたものだ。 (地球人もなにも、関係ないのよね……)  そう思いつつ、ハルカが見上げた表情は、豊かな胸のなかに、闘志すらわいてくる。ただ、表情自体は不思議と微笑みを浮かべ、佇んでいた。  すると、プップーというクラクションがし、既に車に乗り込んでいたトオルなどが、窓から顔を覗かせると、 「どうしたん?」  などと呼びかけてくる始末だ。  ハルカにしてみれば、そんな姿に、ふと、ため息のひとつもつきたくなったが、思い直すと、 「今、行く!」  と、彼女のヒールは大地の上を、今、歩き出した。 See you!☆。.:*・゜
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