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「悪いけど、携帯貸して」と言うと、岸本は自宅に電話をかけた。低い
声でぼそぼそと話し込んでいたが、突然、「うるせえな」と大声でキレて電話を切った。私はちょっとだけビビッて、様子をうかがった。
「何か予定があるなら、無理しなくても」恐る恐る提案してみたが、
「俺が行きたいんだよ。はい。ありがと。」とポンと携帯を返された。
ホント、優しいのかコワいのか、よくわからない。怒っている横顔はかなり冷たくて、実は、かなり我儘な人なのかもしれない。
小さなころから、淡々としていて、滅多に我をはることがなかった私には、よくわからない感情だった。親も、そんな私をとうに諦めていたのか、何かを強制されるということもなかった。放任とまではいかなかったけど、自分たちのことで精一杯という空気があって、よくも悪くもクールな家族だったと思う。
「なんか予定あった?」
「別に。渡辺さんには関係ない。」
「ごめんね」
「謝らなくていいし。てか、俺が自分で決めたことだから渡辺さんは気にしなくていい。俺は誰かのために行動を変えるほど優しい人間じゃないから」
私はその言葉に安堵と失望を感じ、胸の奥に小さな針が刺さる鋭い痛みが走った。岸本は涼しい瞳で私の向こう側を見ると
「お、バス来たみたい。乗ろうぜ」と立ち上がった。
強い風に煽られて彼のTシャツが揺れていた。
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