朝焼け 

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小学五年生の時、図工の時間に漁船を写生しに行った私は、どうしても船には興味を持てなくて、遠くに見えるテトラポットばかり描いていた。 重なるテトラポットの隙間から見える暗がりに思いを馳せた。 様々な想像をめぐらせながら瞳を上げると、テトラポットに当たって砕け散る波が、痛いほど白く見えた。 小学生の頃は、人見知りで無口な子だった。 世界には興味のあるものがたくさんあって、人と話さなくても時間はあっという間に過ぎて行った。 中庭の角を曲がり緑色のフェンスの破れ目をくぐると校舎の裏の秘密の場所にたどりついた。 右手には裏山に続くけもの道があり、野生のつつじが咲いていた。 休み時間になると、内緒で私だけの場所に行き、つつじの蜜を吸い、モンシロチョウを追いかけた。 背伸びして校舎の裏から窓を覗くと部屋の中に、白くぶよぶよした生き物が瓶詰めされていた。 あとになって、そこは理科の実験道具が置かれている部屋で、私の見ていたものはホルマリン漬けになった動物の死体だったと気付いたけど、怖さも失望も感じなかった。 小さな私は、あの部屋を、誰も知らないクレイジーな科学者や魔法使いの秘密のアジトだと信じていたし、小さな諜報員になった気分はとってもエキサイティングだった。
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