朝焼け 

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「あの日のことは、今もはっきりと覚えているよ。 夜の七時過ぎに部活から帰ってきた渉は、夕飯を食べるとお気に入りのテレビ番組も見ないで、友達に会うと言って家を出て行った。 今までもそんなことは何度かあったから、あまり気にも留めなかったな。ところが、十時過ぎになっても帰らない。さすがに心配になって携帯に電話してみたけど、『おかけになった電話番号は』ってやつで、繋がらない。時間を置いて、三回くらい電話してみたところで、ものすごく不安になってきて、自転車で近所を探しに出たんだ。渉の行きそうなところを、次々と当たってみたけど、どこにもいない。 中学も行ったし、よく立ち寄るコンビニにも行ってみた。あの時ほど、この小さな町が広く感じたことはないな。人一人探そうとすると世界が果てしなく広いものに感じるんだ。私は震える手で、家に連絡すると家内に今すぐ警察に捜索願いを出すように話した。虫の予感と言うか、なんだかとても悪いことが起こるような気がしたんだ。 家内は半狂乱になって、喚いていたけど、お互い何を言ってたのかよく覚えてない。ただ、警察には連絡してくれたみたいで、家に帰るとパトカーが止まっていた。私が帰り着いた時には、もう夜中の一時をまわっていたように思うんだけど、記憶が曖昧ではっきりしないんだ。 警察の人たちは、『中学生ですからね。友達の家にでもいるんじゃないですか?』『明日の朝になれば、ふらっと帰ってくるでしょう』って、どこか軽い様子だった。私は、不安と怒りで指先がぶるぶる震えていたけど、なんとか気持ちを抑えて、『渉はそんな子じゃないです。友達の家に泊まるなら、一言、連絡があってしかるべきなんです。何か事件に巻き込まれたんじゃないでしょうか』って言い返した。すがるような思いでした。なんとか探してください。いつもの渉の話す声、笑う顔、それさえ見れたらもう何もいらないと思ったよ」
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