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そこまで一気に話すとおじさんは、肩を落としてうなだれた。
「警察が帰った後も、私と妻でほうぼうを探し回ったんだ。
どこかで怪我でもして動けなくなっているのじゃないか。誘拐されたのじゃないか、悪い想像ばかりが次から次へと、めぐってきてね。ふと、渉が子供の頃、近くの小高い丘によく登っていたことを思い出してね。妻と二人でグラウンドのフェンスの破れ目を通り抜けて、渉がいつも歩いていた細いケモノ道をたどっていったんだ。
静かな夜だった。
ゆらゆら揺れる懐中電灯の光と耳の奥で響く鼓動の音だけは鮮明に思い出すな。丘の上に着いて、辺りを懐中電灯で照らしてみたけど、人っ子一人いない。
狂ったように、妻と渉の名前を叫んだけれど、あたりはしんと静まりかえったまま。疲れ切った私は草むらに座りこんでしまってね。服を通して地面から夜の冷気がしみとおってくるようだった。ポケットから携帯を出して渉にかけてみたけど、機械音が冷酷に『おかけになった携帯は』ってお決まりのセリフを繰り返すだけ。こういう時って人って必死で悪い予感を打ち消す情報を探し出そうとするものでね。あれやこれやと自分の中で渉がいなくなったワケを考えていると、海の向こう、東の空がうっすらと白み始めた。
水平線の向こうが、薄紫に染まり、鮮烈な白い光が海の上で光っていたよ。遠くから漁船のポンポンという汽笛が聞こえた。朝が来たんだ。
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