朝焼け 

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私はゆっくり立ち上がり妻に、『帰ろう』と声をかけると、二人で黙ったまま山を下りたんだ。二人とも、ぼろ雑巾のようになって家にたどりついた。 泥のように疲れ果てて、気付くと眠っていたみたいで。ひどく喉が渇いて、目を覚ました時には、もう夕方になっていてね。 台所から味噌汁の匂いがして、妻が夕飯の準備をしているのに気が付いた。 私はぼーっとした頭で、全てが長い悪夢だったらいいのにと思ったけど、振り返った妻の顔が数十歳も老けて見えて、改めて現実なのだと思い知らされたよ。あまり食欲もなくて、無理矢理、味噌汁を流し込んでいると警察から電話がかかってきてね」 おじさんは、言葉を切ると俯いて膝の上でこぶしを握りしめた。 何かを話そうと開いた口から嗚咽がもれた。 「警察からの電話は、渉の……遺体が見つかったから確認に来てほしいと言うものだったんだ。私と妻は、最悪の結果に茫然として、前後の記憶があまりなくて……震える手で家の鍵を閉めたこと、警察に行くのが怖くてたまらなかったこと、正直、信じたくなくて、でも、これが現実で、警察に行きたくないけど行かなければならなくて……横で妻が子供のように泣きじゃくっていて」 おじさんの目から涙が滝のようにあふれ出ていた。これ以上何かを聞くのは、とても残酷な気がした。
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