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ヒーローになりたかった僕ら
新田小学校のタイムカプセル掘り起こしの案内が届いたのは、夏が始まる頃だった。本来なら成人式の後に行われるはずだったそれは、当時の大雪の影響もあり延期になったままになっている。
リクルートスーツに身を包んでいた俺は、汗ばむシャツを早く脱ぎたかった。それでも届いた手紙を真っ先に開いたのは、自分の日常に飽き飽きしていたからだ。
社会のルールに縛られて、その中から弾き出されないように一生懸命になることしかできない日々。毎日、毎日がいっぱいいっぱいで、正直息をするのがやっとだった。ゼミの仲間が次々に内定を決めていくなか、夏になる今になっても一つの内定も貰えていない。そんな現実を忘れてしまいたかった。
小学生の頃は楽しかった。
なんにだってなれるし、怖いものなど何もないような気がしていた。世界は広くて何もかもが新鮮で、あの時が一番自由で、自分らしくいられた時期だった。
だから俺はそんな思い出に逃げ出したかったんだ。
記されている日付はお盆のまんなかで、俺は迷わず帰省を決めた。
真夏の校庭に集まったのは十五人だった。知らせが届いたのは一ヶ月前で、急な知らせに半分は参加を断念したのだろう。もしかしたら、この暑さに参加を断念した奴もいるかもしれない。
それでも俺の悪友は、みんな揃っていた。ぽっちゃりと丸いよっちゃんと、色白で眼鏡のたっくん、そして野球が得意だったノブだ。
「あっちぃな」
と、ノブは野球で鍛えているはずなのに、暑さはいつまで経っても苦手らしく、大きな背中を丸めうなだれている。たっくんは日焼けを気にして木陰に逃げ込み、よっちゃんはその体型に反して、日射しのなか涼しい顔して、額に浮かんだ汗を拭っていた。
いつから友達になったとか、何がきっかけだったとか覚えていない。
みんな思い思い好きに振る舞っていたはずなのに、なぜかこの三人とは馬が合った。それは中学校でも変わらなくて、高校、大学と別々に進んでからは好きなときに好きなように連絡をとる関係を続けている。
「久しぶりだね、まさやん。元気にしてたかい」
俺に真っ先に気づいたよっちゃんが、汗を拭いながら近づいてきた。思えばここ一年、彼らと連絡をとっていなかった。今の自分を知られたくなくて、自然と距離をおいてしまっていたのかもしれない。
掘り起こしのスコップ音を耳にとらえながら、俺はなんとも締まりのない返事をすることしかできなかった。
「ああ、まぁな……」
「夏バテ?」
「似たようなもんかな。最近、食事もろくに喉を通りやしない」
「だったら、たっくんに相談してみたら?」
「なんでそこでたっくんが出てくるんだよ」
「まさやんは知らなかったっけ。今年、医学部に編入したんだってさ」
衝撃だった。小学生の頃から医者を目指していたたっくんは、二浪したが医学部に受からず、歯学部に進学したと聞いていたはずだ。
「諦めてなかったんだな」
「すごいよね。昔からの夢だったわけだし」
そう言ってよっちゃんは、たっくんのいる木陰へと目を向けた。こちらに気づいたたっくんと目があった。暑さに負けたノブが木陰に逃げ混んで、たっくんの横で手を振っている。
「そういえば、ノブはノブでプロは無理でも、野球を続けられるようにって草野球チームに入るんだって」
なんだよ、俺だけ置いてきぼりかよ。
よっちゃんだって、板前になるために頑張っているのを俺は知っている。結局、何もないのは俺だけだ。
昔の思い出に逃げてきたはずなのに、自分の弱さを思い知らされた。
黙り込んだ俺を気づかってか、よっちゃんは懐かしそうに目を細めて言った。
「でもさ、僕らの中で一番夢が大きかったのは、まさやんだよね」
そう言われても、自分の夢がなんだったかなんて、もう覚えていない。
「どうせ、しょうもないこと言ってたんだろ?」
「そんなことないよ。まさやんは、みんなに夢をどんなに笑われても諦めなかっただろ」
「なんで今そんなこと言うんだよ」
俺はそんな大層な人間ではない。今じゃ、笑われるのが怖くて、挑戦すらできないのだ。
「僕の知るまさやんじゃないように見えたから、かな?」
返ってきた答えに、俺は思わず目を瞬かせた。なんでそう見えたんだよ。声にしなくてもそれは伝わったのだろう。よっちゃんは苦笑した。
「いつものまさやんだったら、真っ先にスコップ隊に参加しただろ?」
タイムカプセルを掘り起こす役目を担ったスコップ隊に目をやると、ちょうどタイムカプセルに行き当たったのか、わぁ、と歓声があがっている。騒がしくなった周りを尻目に、俺はよっちゃんの横を離れることができなかった。
「行かなくていいの?」
それを無視して、俺は言った。
「よっちゃん達の目に今の俺がどう写ってるのか、考えると怖くて堪んない」
「どうして?」
「何をやりたいかわかんないまま就活を始めて、惨敗して。夢を諦めない皆からしたら、つまんない男だろ」
言っていて自分で泣きたくなった。やっぱりカッコ悪い。
よっちゃんは困った顔をして、言葉を選ぶように口を開いた。
「僕らはさ、皆ばらばらだったけど、そんなまさやんがいたから仲良くなれたんだよ。夢を諦めなかったのもまさやんのおかげ。だから、まさやんは僕らのヒーローだったんだ」
よっちゃんの真剣な眼差しは、その言葉が心からのものだと訴えている。その眼差しを真正面から受け止める勇気がなくて、俺は思わず目をそらした。
そんな俺によっちゃんは、
「自信を持ちな」
と言って、タイムカプセルを囲む輪のなかに消えた。呆れられのかもしれない。けれど、自信を持てと言ったって、夢の一つも叶えられない俺に自信が持てる要素などあるのだろうか。
暑さがチリチリと俺の心を焼いて、気持ちの潤いを奪っていくようだった。ああ、今すぐ、この場からも逃げ出したい。そんな衝動に駆られ、ひとり輪とは反対に踵を返しかけたその時だった。
「開けてみて。きっと思い出すよ」
よっちゃんが何かの紙を手に戻ってきた。
返事を待たず渡されたそれは、手紙のようだった。色褪せた封筒には、クセのある字で俺の名前が記されている。よっちゃんの手には同じ色の封筒が握られていて、それがタイムカプセルの中身だと気づくのに時間はかからなかった。
帰ろうとしていた足を止め、渋々封筒を開く。中から出てきたのは、当時流行ったヒーローカードと一枚の便箋だった。
ヒーローカードに疑問を覚えながら、便箋を開くと、便箋のマス目に反した大きな字が目に飛び込んできた。
『ヒーローになるんだ! さいごまであきらめんな!』
感情が高ぶるとはらいが強くなる汚い字。幼い頃の癖が色濃く出たそれに、急に胸が熱くなった。
思い出した。自分の夢も、それを書いた時の気持ちも。
よっちゃんの言葉の意味を察して、手紙から顔をあげるとよっちゃんと目があった。
「思い出した? 僕らのヒーロー」
言いながらよっちゃんの顔はすでに笑っている。
よっちゃんの笑顔につられて、たっくんとノブが寄ってこれば、自然と手紙の見せあいっこが始まって、まるで昔に戻ったようだった。
それぞれの手紙には、俺と同じように未来に向けた夢を諦めない気持ちが記されている。
よっちゃんの夢は料理人。
たっくんの夢はお医者さん。
ノブの夢は野球選手。
そして、俺の夢はヒーロー。
ヒーローなんて、テレビのなかの存在でしかないのに。それでもその夢はもう叶えられている。身近な彼らのヒーローとして。そう思うと、うじうじしていた自分が馬鹿らしくなった。
弱い自分にさよならをして、俺は今日から生まれ変わるんだ。あの頃のように、諦めない自分に。諦めないヒーローに。
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