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「覚悟を決めるか、それともそれを踏まえて策を練り直すか?」
ルーノズアの戦士たちの視線がジェルデへと集中する。彼は肺一杯に大きく息を吸いこみ、それを静かに吐いた後、
「覚悟を決めよう」
と重く言った。
それは殊の外、戦士たちには堪えたらしい。流石に肉親や友人を斬る覚悟を持つのは難しいか…当然と言えば当然だ。オレはついこの間、ニドル峠でバズバがスピリッタメーバに支配されてしまった時の事を思い出す。
あの時、覚悟を決めることのできなかったオレには彼らにかける言葉を紡ぐことはできなかった。
「いざという時は、ワシが全てを担おう。恨んでくれても構わない。まずはルーノズアを取り戻す事だけを考えようではないか」
それ以上はオレもルージュもアーコも、誰もが余計なことを口にはできなかった。
かくしてルーノズア奪還作戦が決行される手筈を全て整え終えたのだった。
◇
最後に全員が呼吸を揃えると、静かにそれでいて素早く部屋を順々に飛び出した。先頭はオレのパーティと案内役のジェルデ、殿をトマスが務めている。
オレ達はつい先程まで歩いていた通路を逆走すると、すぐに進路を迷っていた叉道に辿り着いた。今度は何も迷うことなく、ジェルデに従って階段を降りる。流石に全員の士気が高まり、響くような足音になっていたが、最早関係なかった。
当初の予想通り、階段の下は隣の大作業場へ続く扉があった。その前には申し訳程度に守衛の魔族がいたが、オレ達の事に気が付いたころには勢いに飲まれ、無惨に斬り殺された後だった。
オレは盛大に魔法を放ち、火炎と共に扉を吹き飛ばした。派手なパフォーマンスは当然、混乱を招くための着火剤だ。目論見は上手くいったようで、看守たる魔族も囚人である『囲む大地の者』も分け隔てなく目を丸くしていた。
オレ達のパーティはここぞとばかりに魔族に狙いをつけ、6人がかりで出鱈目に攻撃を加えていく。やっていることはさっきと同じだが、先程とは違い、部屋が広いせいで敵を完全に殲滅することは難しかった。最初に襲った部屋がここまでの広さではなかったことに胸をなで下ろす…ような暇もなく次々に魔族を仕留めていく。
囚われていた『囲む大地の者』は始めこそ、盛大に悲鳴を上げ逃げ出す素振りを見せた。
ここでジェルデの出番だ。
彼の一声で混乱を収め囚人たちをこちらに引き込めるか、火に油を注ぎ収拾のつかない状態になるか。
彼のカリスマ性が試される瞬間だった。
「湖港英傑が一人、ルーノズアのジェルデがここに戻った。皆の衆、声を上げろ! 我らと共にルーノズアを取り戻すのだっ!!」
扉から入って広々とした部屋の一番奥までジェルデの声が響き渡る。耳の痛い静寂にオレは一瞬、嫌な予感がした。
だが次の瞬間には、オレの心配が馬鹿馬鹿しく思える程の盛大な鬨の声が部屋を振るわせたのだった。
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