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奴の槍は教科書のように綺麗に決まった。少なくともベヘン自身はそう確信していたはずだ。オレの仕掛けに気が付いた様子も、何かを疑っている様子もなかったからだ。確かに傍から見てもベヘンの一撃はオレの胸に突き刺さっているように見えた。
しかし、それはオレが作り出した幻だ。
より正確に言えば蜃気楼という現象だが。
熱気と冷気で空気の密度を変え、それによって起こる光の屈折で錯覚を与える。どういう訳か頭に原理が浮かんでいたのだが、ルージュの能力に気が付くまでは実現ができなかった。この場に冷気を作り出すことができなかったからだ。
オレは炎の魔法には多少の心得がある。だから周囲の温度を上げること自体は容易く行えるが、反対に水や冷気を司る魔法はまるで使えない。それはこの魔族の姿になったとしても同じだった。
けれども、どういう訳か魔術の才に長けたこの姿でルージュを振るったことで、ルージュの持つ剣としての性質に気が付くことができた。魔剣としての彼女には付与された魔法の性質を真逆にする力があるようだった。
つまり込められた魔法が火であれば氷に、光であれば影に変えることができるのだ。生憎と魔術が不得手だったフォルポス族としてのオレは幾度もルージュを振るったとて気が付くことができなかった。魔族としての姿を取ったことで初めて気が付くことができたのは僥倖だ。戦闘力が落ちた事は危機的だったが、正しく怪我の功名という奴だろう。
ベヘンは手応えから貫いた相手が幻だと即座に感づいたようだった。
しかしできた隙は大きすぎる。身体の反応は間に合っていない。
オレは最後のフェイントとして、わざとベヘンに見えるように炎の魔法を使った。オレの予想通り、ベヘンはすぐさま思考を切り替えて防御に振り切った。具体的には炎の魔法に対しての防壁を作って対抗してきた。炎を使えるのなら当然の芸当だ、オレも立場が逆なら同じような防御策を取っていただろう。
同じ属性の魔法を使う者同士の戦いが長引きやすい典型的な一例だ。
だが悲しいかな。今から発動するのは炎の魔法じゃない。
オレはすぐさまルージュを振り被り上段の構えを取る。刃を当てるには遠すぎるが、魔法攻撃だから問題はない。地面に叩きつけるつもりでルージュを振り下ろす。込められた炎の魔力は真逆に作用し、自分でも身震いするほどの冷気を帯びていた。
それが床に当たると爆風の代わりに凍てつく冷気が放射された。ベヘンの張った炎委に対する魔法防壁はこちらの攻撃を一切防ぐことはなく、直撃した。
あとには彫刻のように微動だにしない、氷漬けの塊だけが残されていた。
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