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ラスキャブの見た目に反した防御力には何人もの敵が驚きを露わにしていた。このままその混乱に乗じてしまえとトスクルは画策したが、そう上手く事は運ばなかった。
「どけぇっ! オレがやる」
けたたましい威勢と共に男が杖を振り上げ、雷の魔法を使う素振りを見せた。
咄嗟にトスクルはヤバい、と危険を感じた。ラスキャブの防御は物理攻撃に対しては圧倒的に強いが、魔法耐性は常識レベルだ。あれをまともに喰らったら死にはしないけど相当な痛手にはなる。
けれども、こういう事態の為に自分がいるということもトスクルは良く自覚していた。男が魔法を使うタイミングを見計り、イナゴを大量に飛ばした。
トスクルが放つイナゴは特別製だった。魔法に対して防御性がある訳ではないが、魔法によって殺されるとその魔力を吸い取る性質を持っている。当たる位置と数をキチンと計算していれば大魔法クラスの攻撃も防ぐことができる。これは壁を作ってラスキャブの姿を隠すほかに、攪乱の意味もある。トスクルの経験則で言えば突然、昆虫が大量に発生して驚かない奴は今まで一人もいなかった。何度も通用する方法ではないが、一度決まればそれでいい。なぜなら敵に二度目のチャンスはやってこないのだから。
「ピオンスコ!」
「オッケー」
その一言で十年来の友人は全てを察してくれた。ラスキャブにとって脅威となる魔法使いを錯乱させたから、すぐに止めを刺してなどと戦闘中に伝えるには些か長すぎる。少なくともピオンスコと自分が記憶を完全に取り戻せている事は大きく心の拠り所になっている。
短い言葉で意図を汲み取ってくれたのはピオンスコだけではない。ラスキャブも同じだった。雷の魔法使いを殺したなら、すぐさま屍術を施してほしいと思っていた。アレは味方に引き入れれば大きく戦況を傾けられる存在だ。
さっきの戦いでも敵の死体をこちらの軍勢に加える動き方をしていた。ひょっとしたら記憶としては残ってなくても、何度もやった戦い方を身体の方が覚えているのかも知れないとトスクルは密かに思っていた。
そしてこちらの思惑通りにピオンスコが毒針の一撃を喰らわせて絶命させた雷の魔法使いを、ラスキャブは操って使役し始めた。ラスキャブの屍術は死者が生前持っていた能力も使わせることができる。さっそく雷の魔法を使って敵を撃退し始めた。こうなっては混乱が混乱を呼び、三人の勝利は目前に迫っていた。
だが。
優勢を築けたことで気付かないうちに慢心が生まれていた。
ラスキャブが操っていた魔法使いが放った雷の魔法は、敵陣には確かに損害を与えてはいたが彼女の想定よりも威力と範囲が大きかったのだ。制御のきかない雷は予測のつけにくい動きで縦横無尽に駆け回っていく。その先にはあろうことかピオンスコの姿があった。
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