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「ごめん、ピオンスコ。私が不用意に死体を操ったから…」
「違うよ。私が判断を間違えたから、ああなったの」
目いっぱいに涙を溜めたラスキャブがピオンスコに抱きついては必死に謝罪の言葉を述べている。トスクルも普段の冷静沈着さが嘘のように取れ、姿が成長させられているとはいえ年相応の泣きべそをかいている。
それを見てピオンスコはいつものように無邪気な笑顔で「ししし」と笑って返事をする。
「大丈夫だよ。ズィアルさんに助けてもらったしね」
それでも二人は「うん、うん」と頷きながら、ピオンスコの安否を心配することを止めなかった。
泣きつかれているピオンスコは二人に抱きしめられている事に悪い気はまるで起きなかった。それよりも今のこの状況がデジャヴのように自分の記憶と重なりあって、よく分からない様な気分になっていた。
「ねえ? 前にもこんなことなかったっけ?」
その質問にトスクルが鼻を啜ってから答える。
「ああ、昔、蜘蛛の巣から逃げた時?」
「子グモの大群に追いかけられた奴だっけ?」
「そう」
ピオンスコとトスクルが記憶との符合作業に勤しんでいると、ラスキャブがぼそりと一言呟いた。
「ピオンスコが勝手にホールスパイダーの巣に入って行っちゃったんだよね」
「え?」
その言葉に驚いたのは二人だけじゃない。
ラスキャブとトスクルが抱きついて離さないピオンスコを抱え込んでいるオレにも位置的には十分聞こえてくる会話だったのだから。
「え?」
最後にラスキャブがそんな素っ頓狂な声を出した。それは状況が飲み込めていない事に対する疑問なのか、それとも不意に自分が失っているはずの記憶が戻っている事に対しての疑問なのかは定かではなかった。
「アレ? 私なんで? 今、記憶がぼんやりと…」
「戻ったの?」
「ううん」
ラスキャブは皆の期待を裏切るのを悪いと思ったのか、申し訳なさそうな顔で首を横に振った。
「戻った訳じゃないみたい。ただ、あの時の記憶だけは何となく思い出したかも」
「多分、今の三人の共闘が原因かもな」
いつの間にか近くに寄ってきていたアーコがそんな事を呟いた。オレ達四人は、頭上に浮かんでいるアーコの話に聞き入ってしまう。
「ピオンスコがこんなことあったっけ? って聞いたみたいに似た様な出来事とか懐かしい事を体験するとどうしたって記憶は刺激されるからな。特に記憶が完全に戻っているトスクルとそもそも洗脳されてないピオンスコが周りにいるんだから、案外ちょっとしたことで元に戻るかも知れねえぜ?」
「んん?? つまり…どういうこと?」
「今まで以上にラスキャブと話したり、戦ったりして一緒にいろってこった」
アーコが悪戯に笑うと、ピオンスコは全霊で笑った。そしてその表情のままにもう一度ラスキャブに抱きついたのだった。
「まあ、ラスキャブの記憶を取り戻す糸口が見つかったのはよしとして、そろそろジェルデ達を追いかけるぞ。一番の懸念だったベヘンとやらは撃破できたが、地上に出るまでは油断できないからな」
敵の大半はこの部屋で死体の山となっている。残っていた残党もベヘンがやられたこととジェルデ達が率いる反乱軍の勢いとに圧され、散り散りになりこの部屋にはオレ達以外は誰も残っていない。
ジェルデ達が進んだ先は、少し遠回りするルートだったが地上に出れる道には違いない。
オレにできるのは、このまま何事も起こらぬ事を祈るばかりだった。
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