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ただただ無言でジェルデは人垣を掻き分けてトマスの前に歩み出た。物言わない彼の様子は悲しんでいるようにも、怒っているようにも、不甲斐なさを感じている様にも見えた。その実、ジェルデを見ている者たちが抱いている感情をジェルデの顔に投影させているだけだったのだが、それに気が付いている者はほとんどいなかった。
二人が対峙すると、背丈の違いでジェルデは少し見下ろし、トマスは見上げる形となった。
お互いが熱い視線を送っているだけなのに、まるで会話をしているような錯覚を覚える。
そして、その沈黙を破ったのはジェルデだった。本当に声を出す直前まで、ジェルデは開口の言葉をどちらにするべきか悩んでいた。そして散々に迷った挙句、
「すまなかった」
と、そう言った。
ジェルデはその謝罪の言葉をトマスだけでなく、自分が率いている町民たちにも言ったつもりだった。そのせいかトマスに罵詈雑言を浴びせるために近寄っていた何人かは戸惑いの色を隠さずに狼狽した。
「ワシは一つ間違いを犯していた。それをこの場で皆に謝りたい」
「一体何を…?」
誰かがそう尋ねた。ほとんどの者が自分の言葉がいつの間にか意に介さず出ていたのかと思った。
「ワシは自分の力を慢心していた。皆を率いてルーノズアを取り戻すつもりでいた」
ジェルデの言葉の意味がよく分からない。ここにいる誰しもが、彼の力を頼り、彼に率いられてこの突如として襲われた理不尽な現実から這い出ようとしていた。あの奴隷的に働かされていた作業場にジェルデが現れ、威風堂々に発した宣言は確かに自分たちの希望となったと認めている。
言葉の意味を計りかねている一同に対して、ジェルデは続けた。
「それがこの様だ。皆も気が付いていたように、今現れた敵は魔術によって姿を作り変えられたワシらの同胞。友人、家族、恋人…関係は色々だろう、事実、ワシの妻と子もそこで息絶えている」
骸となった二人の魔族を指差して言った。
「そ、そうですとも。こいつは魔法で姿を変えれていただけの人達を殺したのです。オレ達の家族を。ジェルデ殿と親しくしているので、あえてお尋ねはしませんでしたがこの魔族は一体何者なのですか?」
「彼女はワシが信頼を置く仲間だ。まずそれだけは断言する。共に魔王を討つべく戦ってくれている」
「…しかし」
トマスがジェルデに庇われ、怒りの矛先を見失った者達はどうしていいのか分からなくなった。口々に「しかし」と繰り返し、自らの思いを発露できる糸口を探しているようだ。
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