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「しかし…何も知らずに、いや知らずにいたからこそ、コイツは私の友人たちを皆殺しに」
「そ、そうです。殺す事はないでしょう。生け捕りにしたりして、魔法が解けるのを待つべきだったのでは?」
「いや、全部知っているさ」
「え?」
「ルーノズアの住民であることは彼女は気が付いている。それに魔法が解けることはないということもな。彼女だけでなく、ワシも、皆の後ろにいる戦士たちもそれは事前に知っていた」
何とか探し出した反論の糸口さえも封じられた怒れる町民たちは、いよいよ口をつぐみ始めた。何とか声を出した者もいたが、すぐに押し黙ってしまう。
「全部知っていた。頭の中では覚悟もしていた。だが、実際に姿を変えられて、ワシに武器を向けるタスドルとオロッパスを見たら、身体が……動かなかった」
必死に悲しみを堪えるジェルデの声に感化されたのか、話を聞きいる者たちの方が涙を流し始めた。
「本来ならトマスのやったことは、ワシがやるべきはずだった。皆の怨みを買ってでも、皆を解放し、ルーノズアを取り戻す責任がある。それなのにできなかった。それを今思い知った。ワシはここにいる皆を率いることはできないのだ。皆を率いて行くには、ワシはあまりにも弱すぎる」
「そんな事は…」
「さっき己惚れて言った事を撤回させてほしい。その上でもう一度頼む。ワシと共に戦ってほしい、ルーノズアを取り戻すために。妻と子を失い、もう自分がどうにかなって自暴自棄になりそうだ。この感情はもうどうにもできん」
ジェルデは頭で考えず、心が思うままに言葉を紡ぎ始める。自分でも何を言い出すのか、まるでわからなくなっていた。それでも言葉を止めることは出来なかったし、ここで言葉を止めてはいけないと思っていた。
「ワシはもう皆を守ることはできん。だから戦う事ができないと思ったら、すぐに武器を捨ててくれ。今来た道を引き返して、ワシがルーノズアを取り戻す事を信じ、祈ってくれればそれでいい。逃げ出すことを咎めはしない。むしろ、戦いに参加させる前に聞くべきだったのを怠った。もう一度聞く! 戦うつもりはあるか? その覚悟は? 仲間が、家族が倒れた時、その死体を踏み越えることができなければ、これ以上進むことは絶対に出来ん!」
困惑、絶望、葛藤。
様々な感情が町民や戦士たちの中に生まれてくる。何人かはうまく呼吸ができないように、嗚咽し、泣き出す者もいた。
「もう止まることはできない。ついて来いとはもう言えん。自分で戦える、その意思を持っている奴だけ一緒に進んでくれ」
ジェルデはそう言って頭を下げた。十秒ほどして頭を上げると、もう町民たちには目もくれずに地上への出口に向かってツカツカと歩き始める。
トマスは皆に深々を頭を下げると、真っ先にジェルデの後ろについた。それを見て数秒遅れて、戦士たちが後に続く。
すると血だまりの部屋の中に、カランカランと武器を投げ捨てる音が響いた。数人の町民は弱々しく武器を捨てて、とぼとぼと元来た道を戻り始める。だが、それと同時に捨てられた武器を拾い上げ、駆け足でジェルデの後を追いかける町民たちもいた。
千に届かない程度にはいた解放軍の四分の一の町民たちは剣を捨てて祈ることを選んだのだった
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