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夢を見ていた。
どんな夢だったのかは覚えていないが、心に残っている印象はとても安らかで温かいものだった。
目が覚めると体の違和感が先に押し寄せ、先程までの出来事がフラッシュバックした。狼の姿に変えられてしまったことは、どうやら夢ではないらしい。それでも四肢を動かしむくりと身体を起こして、のそのそと歩き出した。
焚火を囲んでいたラスキャブの傍らに、あの小さい魔族が捕らえられているのを見て、少し安心した。恐らくはルージュの仕業だろう。元の姿に戻る術を探るには、こいつに聞くのが手っ取り早いからな。
肝心のルージュの姿が見えなかったが、少し離れたところにあいつの匂いを感じ取った。この姿の影響か、嗅覚が今まで以上に働いている。その上、こんな事態になっているというのに、やけに頭がすっきりして冷静な自分が怖かった。
ルージュは身を隠している様子だったので、そこには触れない事にした。
「ル、ルージュさんっ! ザートレ様が目を覚ましました!」
ラスキャブが嬉しそうに叫び、ルージュを探しに森の方へと駆けていく。
オレは檻の前に座り、小さな魔族をまじまじと見た。そして夢か現か分からない事を確かめた。
「お前も魔王に浅からぬ因縁があるんだな」
「へえ。起きてからの第一声がそれか。気取ってのんか? それともまだ頭がこんがらがっているのか?」
そんな恨み節を飛ばしてきたが、無視して話を続ける。
「お前を閉じ込めた女も精神感応系の魔法を使う奴でな。何度も何度もテレパシーを体験するうちに、慣れが出たんだろう。若干だがお前の記憶もオレの中に入ってきた」
「・・・」
「だが・・・お前の頭の中のアレは本当に魔王なのか?」
「…そんな疑問が浮かぶって事は、余程古い記憶を見たんだな」
小さい魔族はそんな意味深な事を言った。その顔はどこか悲しげに見えてしまった。
「そうそう、朗報があるぜ。ラスキャブとかいう娘がお前の身代わりを買って出た。フォルポスはムカつくが、あの女はちっとばかし厄介だ。元の姿に戻してやる代わりに、俺とラスキャブを開放してくれ。それで取りあえず丸く収まるだろ?」
「・・・」
ラスキャブがルージュを連れて戻ってくる。二人には話が聞こえていたようで、神妙な面持ちだ。ルージュの眼は何やら腑に落ちない何かを孕んでいるように見えるが、やはりオレを第一に考えてくれている事は分かった。
「何を黙ってるんだよ。狼の姿が気に入っちまったか?」
「ああ。中々悪くない」
小さな魔族は、そんなブラックジョークを平然と飛ばしてくる。だからこっちも悪戯心を持って応じてやる。すると少し驚いたようだが、すぐに愉快そうに笑った。
「はっはっは。案外、冗談が通じるんだな、見直したぜ。ならこうしよう、元に戻すんじゃなくて、その変身能力をプレゼントしてやるよ。お前の意思でフォルポスの姿にも狼の姿にもなれるようにしてやるってのはどうだ? それなら俺とラスキャブを見逃してくれてもまるっきりの損にはならないだろ?」
「二つ聞きたいことがある」
「あん?」
「オレの記憶を読んだって事は、オレ達の目的も理解しているのか?」
「ああ。魔王を倒しに行くんだろ? こいつはラスキャブから聞いた話だがな」
「そうか…なら、もう一つ。オレ達と離れた後の目的はあるのか? 何をするつもりだ?」
「まだ決めちゃいないが、適当にブラブラして世の中の変化を見たい。封じられている間、外の様子は何となく見れたが、ピクシーズの武器にされていたってのが余計だった。ここから動くことはなかったし、知っての通り戦うことすら稀だったからな。退屈してた分の時間を取り戻したいのさ」
意外にも素直にべらべらと喋ってくれる。逃げられるのなら取り繕う必要もないという事か。
「そうか。わかった」
「! なら、俺とラスキャブを逃がしてくれよ」
「悪いがそれはできない」
その言葉にオレ以外の三人が、驚き目を丸くしてしまった。
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