Episode1

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 草むらを掻き分け、その先っぽが毛並みを撫でる感触が妙に心地いい。首にぶら下げていた檻の中からはクツクツという堪え笑いが漏れている。 「いやあ、あの顔は最高だったな」  アーコは本当に愉快そうにそう言った。 「オレが仕掛けた分際で言えないが、あまり揶揄わないでくれよ。ああいうのにはなれていない奴だろうからな」 「なあ」 「どうした?」 「・・・いや何でもない」 「?」  そんなやりとりをしていると、外壁に動物が一匹だけなら潜り抜けられるような崩れた穴を見つけた。向こう側に人の気配がないことを確認すると無理から身体を潜らせた。  無事に街の中に入ると、オレは一つの提案をしてみた。 「ところで、一度だけオレの姿を元に戻してはくれないか?」 「そりゃダメ元で聞いてんのか?」 「まあ聞けよ。お前好みの話だとは思うんだがな」 「どういう事だよ?」  オレは宿を真っすぐに目指さず、少々遠回り気味に裏路地を歩きながらメカーヒーと交わしていた商談のことを包み隠さず打ち明けてみた。すると、やはり興味深そうな返事をしてくる。 「確かに。そういうきな臭い話は大好きだな」 「だろう? だがこのままの姿じゃ確実に契約は破棄されちまう。目的の町に着くまでの間でいいから元に戻してもらいたい」 「それが終わったらまたこの狼の姿に戻るってのか?」 「お前に任せるさ」  のそのそと歩いていると、宿の目と鼻の先にまでやってきた。肉の焼けるいい香りが鼻を乱暴に殴りつけると、腹の虫が鳴った。暗闇に紛れて宿の裏手に駆け込んでしまおうと思った矢先、アーコの言葉に足を止められた。 「わかった。それまでの間なら元に戻してやるぜ」 「そうか、助かる。ならさっそく頼む」 「悪いがあの女に檻に魔力を通さない細工をされててな、宿についてそれを外してもらうまではお預けだ」  オレは鼻から息を漏らしながら笑い、それを否定した。 「嘘つけ。檻はともかくもその魔力を遮るって魔法はとっくに無効化してるだろ」  ガシャン、と首から下げている檻が揺れた。動揺はしてくれたようだ。 「き、気付いてたのかよ?」 「まあな。この体はどうも色々な感覚がフォルポスの姿でいるよりも鋭敏になるらしい」 「なんであの女に言わなかったんだ?」  アーコのその問いには困ってしまった。何故ルージュに伝えてもう一度封印を掛け直させなかったのか、自分でも分かっていない。だからたった今思い付いた言い訳にもならない理由を口にした。 「その方が面白そうだったから、かな」  途端にアーコの笑い声が聞こえてきた。が、どうしてだか次に飛んできたのは数々の罵倒の言葉であった。それが収まると、はあはあという息づかいになり、仕舞にはシーンと静寂が支配することとなる。  オレはその場から動かないようにしていた。が、次の瞬間、指を鳴らす音と共にオレの姿が狼から元のフォルポスの姿に変わってしまった。 「まあいいや。一回くらいは俺が折れてやるよ」  ほんの少しの間の事だったのに、二本の足で立つのが逆に違和感になっている。  オレはアーコの入っている檻を手に持つと、それからは足早に戻っていった。冷静になって今までの自分を振り返ると、このあとルージュとラスキャブに会うのが怖くなってしまった。  そんな様子が伝わったのか、檻の中からは、 「やっぱ、フォルポスのお前はつまらなそうだな」  という声が聞こえてきた。
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