Episode1

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 宿屋の裏手に回ると、気を利かせたルージュとラスキャブが待っていてくれた。荷物を置き、オレを待つ傍らベンチに腰掛けて語らっていたらしい。遠目の雰囲気では、まるで姉妹のように見えた。  狼の姿で現れると思っていた二人は、オレと目が合った時に驚いたようだ。特にルージュは疑り深い目を檻の中のアーコに向けている。 「元に戻れたのか」 「ああ。何とか説得してな」  そういうとアーコは罵倒と共に否定してきた。 「バーカ。狼の時のお前が使えそうだから、恩を売るついでに譲歩してやったんだよ。調子に乗んな」  その一言に場の空気が一気に重く、冷たくなった。ルージュが惜しみなく怒気を放っていたからだ。 「黙れ『矮小ティニー』いい加減に我が主への暴言は許さんぞ」 「あ? うるせえよ『木偶の棒ジャーク』。お前の主だろうが何だろうが、俺には関係ねえだろ」 「変身術をどうやって解いた? 檻に結界を施しておいたはずだぞ」 「『付与エンチャント』くらいなら解除できるに決まってるだろ。次からはもっとマシな付与を掛けとくんだな」  オレも思わず持っていた檻を手放してしまいそうになった。そんな一触即発の状況だったのだが、ラスキャブが治めてくれた。より正確に言えば、ラスキャブの腹の虫がだったが。 「はうっ」  とラスキャブは顔を真っ赤にして腹を押さえていた。その様子にルージュもアーコも毒気を取られてしまったようで、すぐに大人しくなってしまった。  ◇  部屋に戻るとすぐに食事を始めた。アーコの分をどうしようかという話になったが、特に食事を必要としない身体らしく断られてしまった。  その流れで打ち明けられたのだが、ルージュも実は食事は必要ないらしい。多少なり魔力の供給にはなるらしいが、あってない様な程度だという。思えば本体は剣なのだから尤もな道理だ。今までは親睦的な意味で付き合ってくれていたらしいが、無駄な食い扶持にはなりたくないと、アーコ同様に食事を断ってきた。  ルージュはオレ達から離れ、作業用の机に腰かけると檻に向かってより強固な結界を施そうとしている。が、アーコもバカではないのでそれを打ち消す対抗魔法を内側から掛けて抵抗した。こんな高度な魔術戦がこんな田舎の街の宿屋の一室で行われているとは誰も知るまい。  それにしても、ルージュの魔力に抵抗できるアーコにも驚かされる。狼の姿のオレを気に入ったと言っていたが、それさえも無かったらと思うと今更ながらにゾッとした。  食事を済ませると、三日間戦い抜いたかのような疲労感が押し寄せてきた。肉体的な疲労というよりも、むしろ精神的な疲労だ。やたらと瞼が。 「そう言えばザートレとか言ったよな?」  不意にアーコが喋りかけてきた。 「ああ。そう言えば言ってなかったな」 「なあなあ、このジャークに命令して俺を出してくれよ。今更逃げはしないって」 「悪いがそれはできないな」 「っち。やっぱりフォルポスの時はクソつまんねえ奴になっちまうな」 「・・・やはり殺しておくか?」 「やってみろよ。お前の一撃より俺の変身術が早い。狼のご主人様と気楽な旅を続けな」  その一言でまたルージュとの喧嘩が始まった。アーコは今度は目敏くラスキャブも巻き込んできたのでルージュとアーコの板挟みになり、涙目になって狼狽えている。  何故アーコをパーティに引き込んだのか、自分で自分が分からない。狼の時の記憶は勿論あるのだが、それはまるで夢の内容を思い出すかのようにおぼろげだった。
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