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「やぁ……久しぶり。会えて嬉しいよ」
15年振りという時間のせいもあるだろう。少し恥ずかしげに笑う旧友の顔は、すっかりオッサンになっていた。
「中学卒業以来だよね? 顔を見て一瞬『あれだよな?』って考えちゃったよ」
そう言う旧友は肌ツヤも悪く、髪の毛も落ち武者みたいなボサボサになっている。シャツの襟首もよれよれだし、靴もくたびれている。オレも他人の事は言えないが、少なくともあまり恵まれている人生ではないようだ。
折角待ち合わせ場所に喫茶店を選んだんだ、「何か飲むか」と尋ねたが「自分はいいから、そっちで勝手にやってくれればいい」と言いやがった。そうか、コーヒー代すら難しいのか。
「……いきなり電話が掛かって来て、びっくりしたぜ。『詳しい話は会ってからだ』と言ってたが……で、何の用なんだ?」
世間話をすっ飛ばし、ぶっきら棒に本題へ突っ込む事にする。まぁ何だ、こういう『久しぶりに会いたい』なんて用事にロクな物は無いと分かってるからな。
「あ、ああ……そ、そうだな」
戸惑い気味になりながら「実は」と切り出してくる。
「お、『大きなビジネスチャンス』があるんだ。こ、これは、逃すと一生を後悔するほどのチャンスなんだよ! だから、どうしても昔からの親友だったお前にも聞いて欲しいと思ってさ……」
瞳の奥の怯えるような光と、微かに震える指先。
……ああ、やっぱり『そういう話』かよ。ま、だろうな。
「わ、悪い話じゃないんだ! 自分と一緒に『集会』に行って欲しい。そこで話を聞いて貰えれば、これが『大きなビジネスチャンス』だって分かるから! 頼む!」
ふぅと、溜息をつく。
……ダメだな、これは。多分、『マルチ商法』か何かだろう。完全に取り込まれちまってる。
もうここまで来ると、何を言っても無駄だ。『やめとけ』『詐欺だ』『儲け話を他人に教える馬鹿はいない』……いくらでも論理的に話は出来るが、追い込まれ過ぎてどうしようもなくなっているんだ。
視界が極端に狭くなっていて、信じたい物しか信じなくなっている。自分の買った宝くじが絶対に一等を取ると盲信するようなものだ。
「……自営業始めたって聞いたがよ、上手く行ってねぇのか?」
話を変える。
「え? ……ああ、ダメだった。店は始めたけど、お客さんがこないんだ。不思議だよな、自分の店だけ皆んな避けて行くんだから。借金だけが残ったよ……だから、この『大きなビジネスチャンス』に賭けてみたいんだ!」
「……そんなにやりたきゃぁ、一人でやれ。他人を巻き込むな」
カタン……と椅子を引いて立ち上がる。
「待ってくれ! オレたち、友達だったろ?! 違うのかよ! 自分にはもうこれしか残って無いんだよ!」
縋るが如く悲痛な声。
「友達?」
足を止めて、振り返る。その表情は『悲しみ』というより『何で言う事を聞いてくれないんだ』という『戸惑い』に満ちていた。
「ああ、そうだな。子供の頃は友達だったよ、確かにな。けど、もう今は違う」
視線をドアの方に戻す。
「それはオレが『切った』んじゃぁねぇ。オレを友だちから『カモ』に降格させたのはお前自身なんだ。……少なくとも『友達』ってのは自分の利益のために利用するモンじゃねぇからな」
「まっ、待ってくれ!」
呼び止める声を無視してレジに向かう。狭い店全体が、気まずい空気に包まれる。
だがな、それは頓挫した方がお前のためなんだよ。
「会計してくれ」
黙って俯いている店の女将さんに、レシートと千円札を2枚を渡す。
「それと、あのテーブルにサンドイッチを1つ追加してやって欲しい。注文したコーヒーも、あいつに飲ませてやればいい」
小声でそう言い残し、店を出る。
流石は8月、今日も強い日差しが眼に刺さる。
そうだな、子供の頃はこんな真夏に昆虫捕りに出かけたっけ。オレ一人だけじゃない。もう一人いたと思う。いつも横にいたヤツが。
少し考えたが。そいつが誰だったのか、オレは思い出すのを止めた。
完
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