写真とクローバー

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写真とクローバー

 依頼主から予め事情を聞いていた社長から、簡易装備でいいと言われた僕達は、作業着に帽子(キャップ)だけ被り、現場に赴いた。フルフェイスマスクを装着しなくてもよい現場は久しぶりだ。 「これなら、昼過ぎには終わりますね」  製薬会社の社員寮の担当者に案内されて入ったワンルームは、備え付けの家具とクローゼットだけで、キッチンやらトイレなんかの水回りがないため、楽勝に思えた。しかも、この部屋の住人は、職場で倒れて帰らぬ人となったそうで、遺体に関連する汚物もない。 「しっかし……まだ若ぇんだろ」 「確か、今年25って。僕の1コ上っすよ」 「研究員か……優秀なのになぁ」  書類に目を落としてから、入口に並んで合掌。一礼したあと、軍手を嵌めて作業に入る。 「まずはクローゼットだな」  故人の女性には、遺族が居ないそうだ。引き取り手の居ないケースの遺品整理は、大家や雇用主など責任者の同意をもらって、我が社が回収する。家電などリサイクル出来る品は専門業者に運んで、買取もしくは引取処分。衣類や日用品も美品なら引き取って、海外向け転売業者に払い下げる。あまりにも個人的な物品――写真や日記、眼鏡なんかは、うちのお焚き上げチームに回して、提携しているお寺で丁重に処理してもらう。それ以外がゴミとして分別・処分の対象となる。  整理後には清掃を行い、作業報告書に依頼主のサインをもらって終了だ。 「持ち物、少ねぇな」  クローゼットのハンガーには、パンツスーツが2着と、シャツブラウスが数枚。衣装ケースに畳まれた私服も、パーカーやトレーナー、Tシャツなどユニセックスなカジュアルウェアが20点ほど。どれも転売業者に売れそうだ。 「机、行きますね」 「おう」  クローゼットに終わりが見えてきたので、次の収納場所に手を付ける。  研究に関わるものなのか、専門用語が並ぶノートや書籍を段ボール箱に詰める。これらの処分の判断は、後で担当者に渡して任せるのだ。  引き出しの中も、業務に関係する資料ばかり。段ボール箱に移すだけの楽な作業が続く――と、思いきや。  2段目の引き出しの奥から、花柄模様のクッキーの空き缶が出てきた。長年の所有物らしく、所々錆びが出ている。こういった思い入れのありそうなものは、大抵お焚き上げ行きに違いない。  少し渋い蓋を開けると、1番上に色褪せた写真があった。 「えっ?!」 「うん? コータ、どうした?」  思わず上げた大声に、各務さんが振り返っている。 「あっ、いえ……大丈夫っす……」  写真から目を離さずに応えるも、なにが大丈夫だ。こんなに動揺しまくりで。 「トラブる前に、言えよぉ」 「あざーっす……」  なんで。どうして、この写真がここにあるんだ。まさか、この部屋の住人は――?  全体にやや黄ばんだ印象のある写真。青空に、大きな入道雲。背丈ほどもある白いレース状の花を中央に、その左右に子どもが2人立っている。右側は野球帽を被り、緑のチェックのシャツに、デニムの短パン。左側は、黄色いクマのキャラが付いた白いTシャツに、7分丈の赤いパンツ。2人とも、手には大きなトウモロコシを持って、居心地悪そうにはにかんでいる。  アキオ……どうして?  右側が僕で、左側がアキオ。小学校4年生の8月、たった6日間だけ滞在した母の実家。この写真は、祖父が撮ってくれたものだ。恐る恐る缶から取り出す。指先にガサリと違和感があり、裏を返すと干からびた四つ葉のクローバーがセロハンテープで貼り付けられていた。
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