特殊清掃員

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特殊清掃員

 世の中には、底辺と言われる仕事がある。  そんな仕事の特徴――きつい、汚い、危険、格好悪い、給料が安い、帰れない、厳しい――の頭文字を取って、かつて「3K」とか「6K」とか呼んだ時代があるらしい。僕が従事している仕事は、更に、臭い、気持ち悪い、哀しい、が加わると思う。 「おおい、コータ!」  手袋を嵌めた右手を振って、各務(かがみ)さんが呼ぶ。作業服にフルフェイスのマスク。完全防御の仕事中。 「休憩終了! 新人と交代だ」 「ええー、マジっすかぁ……」  貴重な30分の休憩時間。まだ10分残っているのに。ぼやいても仕方ない。テキパキ動いて、暑くなる前に早く終わらせなければ。 「あ、有沢(ありさわ)さん、すみません……ウグッ」 「おー。吐くなら袋持ってけよー」  よろめきながらやって来た後輩と入れ違いで、現場に入る。築15年のアパートの1階右端の2DK。鉄筋コンクリートでフローリングなのが救いだ。これで畳敷きなら、臭いも汚れも染み込んで耐えられなかっただろう。 「奥、行ってくれ」 「あざーっす」  各務さんは、遺体の発見現場だったバスルームへ消える。もちろん遺体は既に運び出された後だけど、気持ちのいいものじゃない。霊的な話云々ではない。人間が亡くなって数日経つと、それに群がるモノがいる。そういった残留物を、一片たりとも痕跡を残さずに綺麗に処理しなければならない。特に水回りは排水溝や換気口もあり、厄介だ。そういう場所の作業を率先して遂行してくれる。仕事には厳しいけれど、思い遣りのある先輩だから、僕は信頼しているんだ。  本日の現場は、一昨日発見された84歳男性が独り暮らしていたアパートの一室。異臭に気付いた近所から大家に苦情が入り、警察と共に開錠すると、住人の老人はバスルームで亡くなっていた。検死の結果、事件性はなく、入浴直後の脳梗塞が死因だった。遺体の損傷程度から、死後半月が経過しているものと推定された。身寄りもなく、生活保護で暮らしていたため、遺体は市の担当が行旅病人及行旅死亡人取扱法に基づいて火葬した後、無縁塚に納骨される。  そこまで一連の手続きが済むと、僕達の出番だ。故人の私物の整理処分、更には除菌消臭を含めた徹底清掃を行い、入居可能な状態にして、依頼主である大家に引き渡すのだ。  室内に山積みになっている半透明ビニール袋の中身を、可燃物・不燃物・資源に手早く分類していく。恐らく故人が存命中も、ゴミ屋敷化していたようで、袋の中身は、空き缶や弁当のプラゴミ、汚れた衣類、なにか分からない汚物・不要物等々……雑多に詰め込まれている。高齢者の中には、本人が気付かないまま認知症が進行し、ゴミの分別や処分が出来なくなる人もいると聞く。この部屋の住人も、恐らくは。  異臭とバスルームの惨状を目にした新人は、予想通り、作業開始後1時間でダウンした。この仕事は過酷だ。視覚・嗅覚が受ける容赦ない刺激のみならず、精神的にもダメージが大きい。特に、遺体が絡む現場は……。  僕も、初日は1時間持たなかった。吐いて、胃が空っぽになっても吐いて、体力が削られてフラフラになった。それも何度も何度も繰り返すうちに――人間ってのは凄いもので、やがて慣れてくる。いや、感覚が麻痺してくる、と言った方が合っているだろう。
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