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「そう、まずは君が絵を描き始める少し前のことを話したいんだ。
君の妹さん、まさきさん、だったかな。確かそのころに彼女をどこか旅行先の湖で亡くしたんだったね。
それで、忌引きだと言って学校を一週間近く休んで、それからようやく学校に出て来て、事の次第を一通り教えてくれたんだよ。
しかしそれから少し経った頃、今度は急に絵を描き始めたというんだ。
あまりにもことの運びが乱雑なものだから、そのときの君に一体何が起きていたのか、心配でたまらなかったがね。
どうかな、当時のこと、とりあえずここまでは思い出したかい?」
―そう、私は妹を亡くした。高2の春に。
父の知り合いが別荘を貸してくれるというので、休日を使って家族みんなでとある別荘地に旅行に行った。
家族みんなというのは父と母と私と妹の四人のことで、近くに立派な湖もあるその別荘を家族みんな、とても気に入った。
中でも妹の射止められっぷりは、格別だった。
というのも、妹が昔よく読んでいた物語にこんな話があったのだ。
―ある湖に住む妖精たちは、その体を洗う時だけ、人間の、それも美しい女性の姿になる。木漏れ日の中に月明かりの下、彼らは好きなときに好きなように悠々と、湖の中で水を浴びる―
そんな話のその水浴びのシーンを、妹は甚く気に入っており、目の前にある立派な湖は、彼女の憧れを掻き立てるのには十分だったのだ。
別荘に来たその日の夕暮れ時になって、日が落ち始めたころ、台所の支度をする母から、もう夕飯ができるので妹を連れてきてほしいと頼まれた私は、別荘を飛び出し、一目散にあの湖へ向かった。
来た時のはしゃぎようから、どうせあそこで遊んでいるのだろうという確信があった。案の定、彼女は湖にいた。
が、そこで見つけた彼女は、思っていたのとは少し様子が違った。
あろうことか湖の淵で、かの妖精の真似をしようとしているのだ。つまり、その水の中へと足を踏み入れようとしている、いや、あれは踏み入れた瞬間だった。
彼女がいたのは、自分が来た方とは正反対の向こう岸で、立派な湖が隔てる二人の距離はどれだけ必死に走っても縮まらなかった。出せるだけの大声を張り上げて、必死に呼びかけても、その声さえ届かなかった。
それでも走るのをやめるわけにはいかなかった。
足を踏み入れた彼女を見たときに直感的に感じ取ったのだ。
彼女が体を洗うには、その湖ではあまりにも深すぎることを。
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