早急に忘却せよ

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 幼稚園からのウッチーこと打田宗助とヤノハルこと矢野春樹、小学校からのサヤこと有田沙耶とは登下校友達だった。クラスが別れても登下校はほとんど4人一緒で、そのまま縁が続いている。この間の春休みに、長年の片思いを成就させてサヤをゲットしたヤノハルを、非リアの私とウッチーは呪った。  男子ならウッチーとヤノハル、女子ならサヤ。今もそうだけど、私にとって「子どもの頃の仲良かった友達」はこの3人が最初に出てくる。  山本信也は、そのさらに7人後くらいに思い浮かぶ人だ。  男子の仲間内じゃバカ騒ぎもするし、先生にも怒られる普通の男子。でもちょっと、無愛想なバスケ少年。実をいうと、そんなに話したわけではない。山本信也とは6年で初めて一緒のクラスになった。それから偶然にも、水やり業務で不人気な美化委員会に欠席していた不幸者同士で委員にされたのだ。  歳の割に大人びていて、自動式の美化委員就任を友達にからかわれても「まじかよ」と言いながら仕事はちゃんとやるやつだった。  委員は一緒でも普段の仕事は朝夕の水やりしかない。土曜日の朝が山本、夕方は私。ここでも運がなくて休日の担当だった。  最初の委員会でそう決まって以来、私たちは別に仲良くならなかった。水やりも一緒にやったことはなかったし、一年を通じてそう話してもない。  でも、私たちは友達だってあの日山本は言った。 ***** 「朝倉。夏休みの水やりなんだけど、おれ8月の11から19までできない」  終業式後で人のまばらな教室で、机の前に立ったのは山本だった。 「そうなの?」 「ん。練習合宿があるから。朝倉、一人できる?」  また不運にも月替わりの日曜担当も私たちで、8月は土日が私たちの担当だった。 「いいよ。私は特に予定とかないし」 「さんきゅ。あのさ、その代わり他の土日はおれが朝と夕全部やるから」 「え、別にいいよ。なんかもう、一種の日常だし」 「…ふーん。じゃ、任せる」 「わかった。合宿ファイト」 「ん。じゃあな」  短くうなずいて山本は教室の入り口に立つ友達のとこまで走っていく。  11、12、18、19。教室前のカレンダーで全日担当の日付をみてから、3人の待つ下駄箱まで走った。 *****  8月25日、久々に朝の水やりがなかった土曜日。この日は一人で水やりに行った。おなじみ作業を始めようとしたとき、水栓柱の頭に置かれている物に気づく。  手に取ってみた包装紙には、「朝倉へ 夏の土産 山本」と若干よれた字が書かれていた。誰もいない校庭の片隅で、思わず声が漏れる。  その場で袋をひっくり返すと、苺を抱っこしたキティちゃんのキーホルダーが滑り出た。「福岡限定」というポップな字を見て、山本は福岡に合宿に行ったんだなと思う。。  包みにキーホルダーを戻して、ポケットにしまう。妙にワクワクして、宝物が手に入れたような気分だった。  水やりをしながら、何も返せない自分に困る。お土産を買いに行くような遠出はしなかった。水やり後の帰り道に馴染みの駄菓子屋でお手頃価格のアイスを買って、店の前のベンチに座って食べる。お返しを考えながら食べたアイスの棒にあたりの文字を見つけて、店主のおじさんに声をかけた。もう一本アイスを選ぶように言われてたけど、生憎アイスは残ってない。すると店主のオジサンが明日くれる約束と変なキーホルダーをくれた。  店を出て、もう一回キーホルダーを見る。色んな角度から見たけど、やっぱり全然かわいくなかった。妙にリアルなゴツいゴリラが自分の胸を叩く定番のポーズをしてるだけ。ふと、かわいいキティちゃんの顔が浮かんで、私は家に向かって走った。 ***** 「信也さ、そのゴリラの変なキーホルダーなんなん? 前はなんもつけてなかったじゃん」 「あー、これ?」  下駄箱の喧騒の中で声が聞こえた。 「夏の思い、らしいよ」 「は? なにそれ。ゴリラと夏関係ねーし」 「おれもよく知んないけど。それより帰ろーぜ」  がたがたと教科書が揺れる音がして、二人の男子が前を横切った。片方のランドセルには黒が保護色になってわかりにくかったけど、ゴリラのキーホルダーが揺れていた。  ランドセル揺らすと、ポトッと音がする。真っ赤な苺カラーは保護色になって見えにくいけど、揺れるたびにぶつかってこもった音を立てた。  あの日家に帰って、手ごろな包装紙を見つけた私はそれに「山本君へ 夏の思い出 朝倉」と書こうとした。だけど「夏」のスペース配分をミスって、「出」が入らなかった。そこだけ2行になるのもダサいと思って、「夏の思い」のままで同じように水栓柱の上に置いておいたのだ。そして日曜日の夕方には、それはなくなっていた。  夏休み明け、お互いに何も言わなかった。だけど、お互いランドセルに今までなかったキーホルダーが揺れていた。
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