早急に忘却せよ

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 友達と話してるときに「子どもの頃さ、」なんて語りだしてた自分に気づいて、年取ったって思う。子どもの頃に好きだったもの、もうなんか全部遠い。あの時私を駆り立た「好き」って気持ちもいつの間にか、あったような感覚がするだけになってた。  子どもの頃のことを忘れてくことが大人になることだって、誰かが言っていたような気がする。それってこういう感覚だったのかなとか、独りさみしく夕飯の肉じゃがをつついた。  でも、誕生日が来ただけじゃ大人になんてなれない。実感なんて一ミリもないのに、こうやって独りノスタルジックな自分に浸ってるときだけ、大人になった気分の私はまだ子どもなんかな。小学生のころから、大人っぽいことが売りだったくせにさ。  もしも本当に、「子どもの頃のことを忘れる」が「大人になる」とイコールなら。忘れたくなかった魅力的な記憶とか感情を忘れる前に、もっと早く忘れるべきものがあるんじゃないの。ねぇ、私。あんたもそう思うでしょ? 『おれはさ、お前のそういうとこ好きだよ。…チョット、な』  この日のためだけに用意された服とか、くたびれたランドセルの肩ベルトのラインまで思い出せる。殺風景な畑の前で、きれいに輝いた笑顔が消えない。  私さ、完璧な大人の女になりたいんだよね。思ってたより子どもっぽいって私を振ったくせに、デート代はいつも私持ちだったクソ野郎を見返したいの。だからさ、はやめに忘れてくれ給えよ。  なぜかフラれるたびに思い出す。特別でもない子どもの頃の記憶。  そうだよ。特別じゃないの。…だって私たち、「友達」だったもん。  大人になりたい私は忘れたい。山本君は、「子どもの頃のトモダチ」。
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