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しかし、未だに喧嘩が続いている。彼女さんもタカシも周りなど気にしないで、お互いの意見をストレートにぶつけ合っている。公共の広場で二人だけのショータイムが行われている状態だった。
「でも、タカシは月に手取りで三十万はもらっているでしょう? そのお金はどこに行くのよ?」
手取りで三十万? 俺は思わず彼を凝視してしまいそうになるが、必死で堪える。なんであのライオンと俺が同じ月収なんだ? いったいどんな仕事をしているのだろうか。
「会社の付き合いだよ。色々あるんだ、こっちにもよ」
「いつもそうやって言うけど、会社の付き合いって何よ?」
「そりゃあ、色々あるんだよ。本当は俺だって行きたくないけどさ。マスコミってのは飲み会が多いんだよ。そこで絆深めてやっていかなきゃいけねえんだ」
おいおい、あのライオンがまさかマスコミ関係だったとは。俺は奇妙な夢でも見させられているのだろうか。
「ああ、嫌になっちゃう。タカシは私と仕事、どっちが大事なの?」
彼女さんは、よくドラマで見る究極の選択肢を発動した。チラッと見ると、タカシは目を泳がせて狼狽えているように見えた。
「そ、そりゃあユメのことが世界で一番大切だ。それは間違いねえよ」
ユメさんは「じゃあ、そろそろ真剣に考えてよ」と次のステージへ持っていく。
「いや、それはまだ待ってくれよ。俺だって仕事も忙しいし、今度新番組もできるんだ。これからなんだ。だから今は難しい」
どうやら彼は、俺よりも華やかな世界で活躍をしているらしい。人は見かけによらないことを改めて思い知る。
「別に、タカシは今まで通り働いてくれればいいよ。家のことは全部私がするから。それでどう?」
おお。ユメさんもこのご時世に思い切ったことを言うものだ。
「いや、それはダメだ。ユメだって、まだファッションデザイナーとしてバリバリ働いているんだろう? だから今このタイミングで子供を作る必要はないって思うけどな、俺は」
ユメさんもキラキラした仕事をしているではないか。それにしても、なんで二人して埼玉に住んでいるのだろうか。この手の人間は渋谷に潜んでいそうなものだが。これも偏見か?
不可解な出来事の連続に、俺は首を傾げてしまう。そんな中、今度は電子音が鳴り響いた。タカシが慌ててポケットからスマートフォンを取り出す。
「ちょっと待ってくれ、電話だ」
タカシが電話に出る。二秒後。彼の顔から血の気が引いたように見えた。
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