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19:40
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辺りは騒然としてしまった。それはそうだろう。俺は経緯を知っているから理解できるが、周りの人からすれば、女がいきなり男に叫んでぶん殴ってしまったのだから。
「痛えなあ」
ライオンヘアーこと、タカシはゆっくりと起き上がってユメさんを睨みつけた。
「あんた、浮気していたんだろう?」
ユメさんの口調も豹変する。裏切られた憎しみからか、ずっと声を震わせている。
「浮気? タックンまさか、この女と付き合っていたの?」
この状況はまさに混沌、カオスだ。俺は缶コーヒーを空にすべきじゃなかったと後悔している。こんなドラマチックな展開は、なかなかお目にかかれない。
「タックン、なんとか言って!」
タックンことタカシは俯いて、動物園にいるハシビロコウみたいに微動だにしない。沈黙で乗り切る作戦に出たらしい。
「だから私との間に子供を設けたくなかったのね。それで何かと理由をつけて避けてきたわけか。ああ、納得したわ」
ユメさんは悲しむよりも、呆れが上回っていた。怖いくらい無表情で、今は眼だけで人を殺せそうな表情をしている。
「ねえ、あんた。タカシといつから付き合っているのよ?」
ユメさんが虎柄女を睨みつけながら訊く。
「私は三年前からよ。タックンとは仕事場で知り合って、そこからずっと付き合っていたの」
「三年前? 嘘でしょう?」
「嘘じゃないわよ。でも、全然同居してくれなくてさ。そろそろ一緒に住んでもいいじゃんって話をしても、いつもはぐらかしてキスしておしまいだった。でも、やっと原因が分かったわ。お前がいたからタックンは私と一緒に住もうとしなかったんだ」
虎柄女もだんだんと怒りのボルテージを上昇させていく。反対に、ユメさんはシュンとした顔をして、「嘘でしょう?」とばかり呟いている。
「ねえ、タカシ。あんた私と付き合う前にこの女と付き合っていたの?」
タカシは抵抗することもなく、小さく頷いた。
「ああ、そうだよ」
これはまさかの展開だった。俺はてっきり虎柄女が後だと思っていたが、どうやらユメさんが後らしい。
「じゃあ私は、相手がいる男と付き合っていたってことね」
ユメさんは自身に対する絶望感を高めているらしく、その場で腰が砕けたように蹲み込んで、ワンワンと泣き出してしまった。
「ごめん、ユメ。俺だって悪気があったわけじゃねえんだ。どっちも好きになっちゃって、それでどうしようもなくて……」
「どっちも好きになっただと? ふざけんじゃねえよ、ふざけんじゃねえよ!」
ユメさんとは対極的に、虎柄女はパワーアップするように語尾を強めた。そして、カバンから生命に終止符を打つことができる恐ろしい武器、包丁を取り出したのだ。
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