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夜に唇を重ねることはあっても、体を重ねたことはない。
大学二年生でそれは、大分奥手な話だと思う。
周りの友達の何人かは、体の関係から付き合い始めたという子がいる。初めての一人暮らしで大分、皆、ハメを外していたように思う。酒を飲んだ勢いで、なんて、男友達とワンナイトラブばかり興じる色好きな友人も居た。
私達はいつものように、触れるだけの口付けを交わした。
ぎゅうっと互いに抱き合い、体温を共有する。
「……好きだよ、カコちゃん」
「……私も。好きだよ、慧くん」
いつも、「幸せってのは、人肌だったんだなぁ」っと思う。熱過ぎてもダメ、冷たいのは論外。「幸せ」に温度があるとするならば、それは、慧くんの体温と同じ温度なのだと思う。
シングルのベッドは大学生が二人でぎゅうぎゅうになる。慧くんはその長身を少しだけ折り曲げないと、足が外に飛び出してしまいそうだ。…いや、流石にそこまで長くはないけれど、足を曲げて私の足と絡める。
「………ねぇ、慧くん」
おやすみ、のキスをしたけど、私はまだ彼と話がしたかった。
課題が終わるまで家で会うのを絶っていたせいもある。まだ、眠りたくなかった。
「……ん、何?」
ぎゅっと引っ付きあったままなので、慧くんの静かな声は部屋の空気だけではなく、私の体まで震わせた。
「私達、きっと、前世で会っていたのかもね。慧くんは冗談で言ったんだろうけど。でもね、時々、私、何だか懐かしく感じるの」
「……」
私の告白を、慧くんは黙って聞いた。
「安心するの。慧くんと居ると。私達、きっと前世でも、付き合っていたんだろうね」
そんな気がするんだよ、と笑ってみても、抱き合っているので慧くんがその顔を見ることはない。慧くんは尚も何も言わずに、しかし私を抱き締める腕にほんの少しだけ力を込めた。
「………ごめん」
「………え?」
どれ程の間沈黙をしていたかと思ったが、あるいはそれはたった数分の出来事だったのかもしれない。慧くんは、そんな謝罪の言葉で沈黙を破った。
カチカチと、時計の秒針の音だけが煩かった暗闇の部屋の中で、慧くんは静かに言葉を続けた。
「変なことを、言っちゃったね。どうか忘れて。前世なんて…。俺は、今が幸せだから。そんな話、本当はもう、どうでも良かったんだ…」
「……」
その言葉は、強烈な違和感を残した。
私は別に、「前世」という話をしっかりと信じて言ったわけではない。きっと、知らないだけで本当はサンタクロースがこの世の何処かには本当に存在しているんだろうな、と同じような気持ちで、「前世」という言葉を口にした。
「そうだったらいいね」「そうだね」なんて、証明のしようもない幸せな妄想で、二人で笑い合えるのだろうと思っていた。
けれど、返答は予想に反して暗く、また、何だか不思議な現実味を帯びている。
ねぇ、本当?
いっそ、聞いてしまいたかった。
慧くん、あなた、本当に、前世の記憶があるの?
だけど、聞かなかった。聞けなかったという方が正しい。
「もう、寝よ?」
普段笑いかけてくれる声と同じ声音で、けれどそれは確かに、この話を続けることを拒絶する色が含まれていた。
「………わかった。ごめんね、変なことを言って。おやすみ」
私は寝たふりをして、慧くんが眠るのを待った。
途中で本当に寝てしまったけれど、深夜に目を覚まし、寝ている慧くんを確認して、そっと身を起こす。
「……………」
小さな寝息を立てて、無防備に眠る彼の髪を撫でた。
「………慧くん、貴方、本当は何者なの…?」
違和感を感じなかったことに、違和感を感じた。
今まで。
その違和感を一度でも「違和感」として認識してしまえば、もう、隠しようもない。
何故、この人は私の事を見て、驚いたのだろう?
何故、この人は初対面の私に告白をしたのだろう?
何故、この人は未だに私を抱いてくれないのだろう?
何故、この人はあんなファンタジーな話を、突然、したのだろう。
じっくりとその顔を観察してみたところで、きっと答えなんて見付からないだろうとわかっているのに、それでも、そうせずにはいられなかった。
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