君の話を聴かせてよ。

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「……………カコちゃん、」 「あ、ごめん。起こしちゃった…?」 物思いに耽りながら髪を撫でていたので、しつこかったのかもしれない。 彼はぼんやりと私の名前を呼んだ。 「……寝れないの?」 「ううん。ちょっと。…起きちゃって」 「……」 髪を撫でていた手を取られて、ぎゅっと強めに握られた。何か、不安に思っていることがあるのかもしれない…なんていうのは、勘ではなくて妄想だ。 「……ねぇ、私、気が付いちゃったの」 「……………何を?」 「…私、慧くんの事、何も知らないんだなって」 「……」 慧くんはとても静かに、息を吐いた。 「………知ってどうするの?」 十分に知ってくれているよ、なんて、いつものようにのらりくらりと笑うのだろうと思っていたので、その返答は意外で、私は少し驚いた。 「……愛するよ」 「……」 私のその返答に、彼は握る手に力を込めた。 それから、同じように、むくりと起き上がってベッドに座った。 「…………つまらないよ、」 「何が?」 「俺が」 真意を捉えかねて、その瞳を覗き込む。 彼はそれを今度はしっかりと受け止めてくれた。 「…『本当の俺』なんて、つまらないよ」 言葉を変えて、彼は言う。 「本当は、何もないんだ。ただ、カコちゃんのことが、好きなだけ」 「……」 「俺なんて、空っぽで、虚しいだけの人間なんだ。君が、俺の世界に“色”をくれた」 「……慧くんは、空っぽなんかじゃ、無いよ。虚しくなんて無いよ」 返す正しい言葉を少しだけ考えて、やっとそう伝えることだけで精一杯だった。 「…………違うよ」 「………どうしてそう思うの?」 自虐的に翳る目に、私は、彼から視線を逸らしてはいけないと思った。 「………前世では俺たち、…別に、付き合ってなかった」 「……」 「……俺の、片想いだったんだ」 「……」 そんな話を突然したって、気持ち悪いだろ?と慧くんは自虐的に嗤った。慧くんのそんな顔を見たくなくて、私は心から「全然、気持ち悪くない」と否定する。 「……妄想だと思う?」 「…ううん。信じるよ」 不安そうに、でも、それを隠そうとして訊く慧くんに、私はしっかりと目を見て頷いた。 本当はまだ少し、信じられない。 サンタクロースが目の前で「私が本物のサンタクロースです!」なんて言ってきても、やっぱり半信半疑だと思う。それと同じ。 だけど、信じたいと思った。 絶対に慧くんはそんなことをしないけど、もし仮に、あとで笑う為の嘘だとしても、笑われてもいいと思った。 「ずっと、好きだった。…だから、カコちゃんに会えて嬉しかった」 「……」 その感情は、ちょっと複雑だった。 前世から私の事を想ってくれていたなんて嬉しい。でも、果たして。『前世の私』と言うものは、『私』で間違いないのだろうか? 「君が、この世界に“色”をくれたんだ」 彼は、もう一度、そう言った。 宝物のように大切そうに、言葉を重ねた。 「君が、世界がこんなに美しい色をしているって、こんなにも鮮やかなんだって、俺に教えてくれた」 「……」 それは果たして、『私』だろうか? その熱い瞳に、私はそちらの思いの方が強くなる。 「……………私、慧くんが、好きだよ」 絞り出すようにして、やっとそう言った。 慧くんは驚いた顔をして、それから、いつものようにふわりと柔らかい笑顔を見せた。 「ありが、」 「だから、きっとその人は別の人なんだよ」 ありがとう、と言うのを遮って、早口に。気が付けばそう、口走っていた。 慧くんはまた、目を丸めて私を見ている。私は口に出してしまった手前で、もう、引っ込みがつかなくなってしまった。 「慧くんに、“色”を教えたのは、その人かもしれない。でも、慧くんと付き合わなかったんでしょう?慧くんを選ばなかったんでしょう?だから、私とは違う人だよ」 それを前世の私と言うならば、私は、前世の自分に嫉妬した。 でも、その出会いがあったから慧くんと今こうして付き合っているのだと言うのなら…感謝はしなくちゃいけないな、とは、思う。 慧くんはそんな私を、少しだけ遠い目をして見詰めた。でも直ぐに、目を閉じ、次に開けた時には確かに、私を見ていた。 その澄んだ瞳に映る、自分の顔を見た。 取り立てて特徴の無い、代わり映えのしない、私の顔。 それでも、慧くんは好きだと言ってくれた。 「…うん。知ってるよ。…君は、あの子の魂を持っているけど、あの子じゃない」 「……」 望んでいた言葉の筈だったのに、今度はその否定が、胸を奥深くまで突き刺した。 言葉を失っていると、柔らかく、彼の声が続けた。 「だって彼女は、チーズが嫌いだったから」 破顔して、笑う。 それは、お笑い番組を観た時に見せるような笑い方。本当に、可笑しくって仕方がない。そんな風に、笑った。 「それなのに。ごめんね、ふと、前世の話なんか持ち出して。変な態度を取って、悩ませてしまったよね。ごめん」 成仏しきらない俺の想いが、少しだけ、欲を出してしまった。 その言葉にも少し、痛むところがあったけれど、やっぱり彼は、慧くんは、真っ直ぐに私を見てくれたから、気が付かないふりができた。かすり傷くらいで、顔を歪めたりなんてしない。 「……ううん。いいの。…話してくれて、ありがとう」 私はそれを、胸に仕舞い込んで笑った。 「慧くんが私の事を好きだって言う事実が、何より大事なことだから」 だから、と続ける際には声が震えてしまって、誤魔化すようにハグをした。 「やっぱり、『今』の慧くんの事を、沢山、私に教えて…?」 抱き締める腕にぎゅうっと力を込めた。 すると、体がふわりと倒されたかと思うと、気が付いた時にはベッドの上で組み敷かれていた。 「……………いいの?俺、本当に…何もないよ」 真っ直ぐに見詰める瞳の奥は、期待と不安に揺れていた。 本当は、君と付き合えるような人間じゃないんだよ、と続く。 私は体を少しだけ浮かして、その唇にキスをした。 「何もない、なんて無いよ。私、こんなに、幸せなのに」 微笑めば、やっと、彼の瞳から雫が落ちた。 「……ねぇ、そうだなぁ。先ずは、好きな色から。私に教えてよ」 夜はまだ長い。 どちらともなく眠ってしまうか、または、この夜が明けるまで、沢山、話をしたいと思った。 その一つ一つを取り零さないように、大事に大事に、胸に仕舞っていこうと思った。 「…………そうだね、俺は、」 彼は、一つ一つ、自分の事を告白し始めた。 ー完ー
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