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菜乃花が産まれてから、3ヶ月……
最近美智子がすこぶる冷たい。
たまには夫婦水入らずになりたくて菜乃花が寝静まってから夜にちょっかいを出そうものなら、
「あっち行ってよ! 」
と頑なに拒否される。
超寂しい……
そういえば安田が前に言ってた。
女性は母親になると、子供を守ろうとする本能があるみたいで旦那にさえ攻撃的に接することがあると。まるでそれは子猫を取られまいとする母猫のように……
そんな時の対策は……
『そっとしておけ』だったな。
俺は美智子が寝落ちした頃、部屋に静かに入ってみた。
よほど疲れてるのか、菜乃花を抱いたままあぐらで座りながらこくこくと眠っていた。
俺は菜乃花を取り上げて布団に寝せたあと、美智子をその隣に寝かせた。2人とも全然起きることなく、ぐっすりと眠っている。
安田が前に言っていた。
『主婦は日中自分の時間を自由に使えるからいいよね』――――――――――
その言葉は、決して口にしてはいけない禁断の言葉だという。
前にその言葉を何気なく使ったら、偉い目にあったらしい。
赤ん坊がいたら、そう簡単にはいかないらしい。ほんのわずかな、己のトイレの時間さえも制限されてしまうという。
昼御飯も温かいうちに食べるのは困難で、お腹が空いたり何か不満なことがあると、遠慮なしにぎゃーぎゃー騒ぎまくる我が子に疲弊しながら、それでも世話を続ける。それが使命と言わんばかりに……
そんな極限状態のところに、旦那が場違いなお気楽発言をこぼそうものなら、激しい鉄槌を下されるという。
安田はこうも言っていた。
『仕事で疲れていても、自分に出来ることをなるべく協力する事』
例えば流しにそのままになっている皿を洗ったり、風呂を洗ったり、洗濯をたたんだり……どれかひとつでもしていれば、奥さんは嬉しい。家事というのは、端から見てはわかりづらいが、とにかくやることが膨大にありどれ程やっても終わりがなく、評価されるべきなのにされない仕事だという。だから、なるべく分担すること。
間違っても俺疲れてるからというオーラを発してはいけない。奥さんも同じくらい疲れているのだから……
そして最後に一番大事なことを伝授された。
「ありがとう」
「頑張ってくれてるね」
「大変だね」
そういう思いやりの言葉をきちんと声に出して伝えること。
それが仲良くしていく一番の秘訣だという。
やっぱり人間誰しも、自分のことを理解してくれる人がいれば救われる。
安田にレクチャーしてもらったとおりにやってみよう。
明日は休みだったから、ちょっと頑張って皿洗いして洗濯物たたんで、テーブルの周りを片付けたりしてみた。
次の日美智子が昼前に起きてきて、リビングを見渡して言った。
「あれー? ……綺麗になってる」
俺はすかさずに返した。
「美智子……いつもこういうこととか、菜乃花の面倒みたりとか頑張ってくれてるもんな。ありがとう」
そう言ったか言い終わらぬうちに、美智子は俺に両手を出して飛び込んできた。そして首もとに腕を絡めてぎゅと抱きしめてきた。
「どーしたんだよ? 」
俺は抱きしめ返した。
やりました安田先輩。サンキューです。
俺たちはゆっくりと唇を近づけた。
すると突然電話が鳴った。安田からだった。
久しぶりにいいとこだったのに……
頼むよ、先輩。
俺は電話に出た。
「おう、どうした?」
「ごめん。ちょっといいかな? 」
「うん。いいよ。何? 」
「俺達……秋田に引っ越すことにした」
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