そして

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照太が3歳になったとき。 俺達は遂に秋田に移住することにした。 仕事場に、小春と照太と一緒に挨拶に行った。 引き継ぎも終わり、今日で本当に最後。ここに来ることはもうない。 入所者のみんなは、俺達のために励ましの言葉や応援の言葉をくれたり、泣いたりしてくれた。 俺と小春は1人1人の手を握り、お礼を言って回った。その間施設長が照太の面倒を見てくれていた。 「ありがとうございました。これで全て挨拶が済みました」 俺は彼女にお礼を言った。 「あなたたち……本当に行っちゃうのねぇ……寂しくなるわね」 彼女はため息をつきながらそう言った。 彼女には本当にお世話になった。福祉関係の仕事に初めて飛び込んでみて、右も左もわからない俺に本当に親身になって色々と教えてくれた。時に厳しく、時に優しく思いやりに溢れ…… 妻の小春を俺の指導員にしてくれたのも、この人だった。俺が病気になったときも、迷惑たくさんかけたのにその空きをフォローするために色々と駆け回ってくれた。 俺、施設長の元で働けて本当に良かった…… 今までのこと、感謝してもしきれない。 ◇◇◇ 遂に引っ越しの前日。 日曜日の昼だった。 俺んちはもう全て荷物をまとめ終わって何もないから、高橋くんちに集合した。 俺達のためにたくさんのご馳走を用意してくれていた。寿司やピザ、自分の好物がずらりと並んでいたので照太はすごくはしゃいでいた。 一通り食べお腹も膨れたら、俺達は思い思いに話をした。 このいつもの光景から、明日には遠く離れてしまうなんてまるで想像がつかない。 小春と美智子さんも、何やらすっかりと話し込んでいる。 やんちゃ盛りの菜乃花ちゃんは少し早めの昼寝をして、美智子さんの膝ですやすやと眠っている。 照太はテレビのアニメを真剣に観賞していた。 「じゃあ、車は向こうで買うのか」 高橋くんがそう尋ねてきた。 「うん。どうせなら秋田ナンバーのほうが色々と便利だし。どんなのを買おうかな? とりあえず色は黒にしようかな。高橋くんとお揃いにしてもいい? 」 「お揃いか、いいね! 黒は一番無難だし格好いいもんな…… ところでこれから住む家はどんな感じなの? 」 前に下見に行ったらなかなか状態が良かった。 ばあちゃんも俺と同じであんまり物を持たない派らしくて、片付けの必要もないし有り難いよ。こっちよりも土地代とか、何かとかかる費用も安いしね」 「……俺も秋田に住もうかな」 「高橋くんはここにこんなに立派な家を建てたじゃないか。勿体ないよ」 俺はそう言って笑った。 「冗談だよ」 高橋くんも笑った。 外がだいぶ暗くなってきた。 「ちょっと、表に出るか……」 高橋くんにそう誘われた。 家の裏の花壇のレンガに2人で腰かけた。 どこからか夕飯の匂いが漂ってきて鼻をかすめた。 「……寂しくなるな」 「うん……たまに、遊びに来てね」 「だな。いつか大型の連休とって、安田んちのお宅拝見しないとな。それで秋田の色んな所に一緒に行こうぜ」 「それいいね。じゃあ俺はガイド出来るように、色んな所下見に行っておかないとな」 「ふふっ。頼んだぞ」 「……高橋くん」 「ん? 」 「元気でね」 「お前もな」 どちらが先だったかわからないが、俺達は互いに手を伸ばし、がっしりと抱きあった。 こんなに強く長く抱きしめられたのは、病室で喧嘩をした時以来かな。―――――――― 俺は涙が溢れてきた。 高橋くんも肩を震わせて泣いているみたいだった。 なんだろう。 家族でもない、恋人でもない…… ただの親友でもない…… この人に対する感情は、何と表せば良いのだろう…… よくわからないけど俺にとって高橋くんは生活の一部だったから…… まるで体の一部だったから…… 離れることが今更だけど無性に辛くなってきた。 その夜、本当に名残惜しく俺達はタクシーに乗って帰宅した。 高橋家のみんなは俺達が見えなくなるまでずっと手を振ってくれていた。 その後秋田に住み始めてから一年ほど。 照太が4歳の時、ばあちゃんは天国へと旅立った。
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