紅に染めてし心。

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「何故私がそなたへ義務の猶予を与えたか、何故私がそなたを案じるか、真に分からぬと申すのか」  其れは何時も冷静で、実年齢以上の落ち着きを見せた東宮妃の姿ではなかった。旭は、手に布団を盾にするように握り締める。 「な、何を仰って――」  旭の抗議の声は、又続かず。しかし、次は恐怖では無かった。突然腰を上げた冷泉が旭に影を落とし、顎を取る。直後、旭の唇を塞いだのだ。唇が触れ合うだけに留まらず、呼吸を欲し開いた旭の口内へ冷泉の舌が割って入る。 「んんっ?!ふ……んっ……っ」  こんな経験は皆無。何が己の身へ起こっているのか。冷泉の舌は熱く、激しく旭の口内を貪る様に。旭は、息苦しさと体の奥から込み上げる熱に不安を覚えた。己が己で無くなる様な感覚に、旭は冷泉の身を力を込めて押し、退けた。  荒い呼吸、熱い顔と体。旭は、冷泉へ顔を向けるも。 「な、なな、れ、冷泉殿っ……な、何っ!?」  言葉にはならず。其の顔も、何の感情を示すのかも表せず。冷泉はと言うと 、旭より僅かに顔を離すも涙目の旭を暫し無言で見詰めていた。ゆっくりと、気を落ち着ける様な息を吐く。そして、切なげに目を伏せて。 「だが……此の無垢な瞳に囚われた。あの日から、ずっと……私は動けぬままだ」  冷泉は、そう言いながら旭の手を両の手で優しく包む。そして、鋭くも美しい瞳を憂えさせ旭を見詰めて。先程とは違う緊張、胸の疼きが旭の身を強張らせた。けれど、反らす事も出来ぬ瞳。 「れ、冷泉、殿……あの日、とは……?」
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