紅に染めてし心。

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 困惑ばかりの旭へ、冷泉は其の手を包んだままに続ける。 「只一目相見し人よ……最早色褪せぬ程に染まるばかりの此の恋へ、答えを授けてはくれまいか」  静かに、けれど狂おしげにそう告げた冷泉の声。取る旭の手の甲へ、唇をあてて。旭は此れに、顔より湯気が見えそうな程に逆上せてしまった。 「えっ、え……なっ、え……!?」  当然、言葉もままならぬ旭。一体、何が起こっているのだと。今の言葉は、愛の告白の様に聞こえたが、どうなのだろうかと旭の頭の中はもう滅茶苦茶。憧れた読み本の如く場面に、何故か己が遭遇しているのではと。只、立ち位置は些か希望と異なるが。  困惑ばかりの旭へ、冷泉は俯く様に旭の手を憂え見詰めて。 「やはり、貴方には過ぎた景色か……だが、私には忘れられぬ景色。帝と西の御所へいらっしゃった幼き貴方が、私を描いたのだと……一枚の絵を渡して来られたこと」  旭は、其の言葉に目を見張った。 「え……」  呟き、遠い記憶を一気に辿って。父との公務、西の御所、一枚の絵。其のひとつひとつを繋ぎ合わせ、辿り着いた記憶。旭の中で、其の光景が徐々に鮮明に。そんな事が確かにあった。堅苦しい雰囲気に、幼い己は小休止と称し暫し庭を描きたいと。其処から見えた、一人で毬を手に佇む柔らかな髫(うない)の髪を揺らす美少女。思わず見惚れ、黒鉛の筆を懸命に動かし描いた。 「えええっ……まっ、まさかっ、あの時の姫は……冷泉殿、なのですか……っ!?」
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