紅に染めてし心。

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 旭の驚きは只ならなぬものだった。真逆に、冷泉は落ち着き静かに。 「姫ではありませぬぞ。男子の衣を纏うて居りましたでしょう」  冷静な突っ込みも。だが、そんな処は全く記憶に無いと困惑に首を傾げる旭。 「だ、だって……髫で……」  髫とは、東西共に幼子に良くある定番の髪型。東西は、似ていても少しずつ文化が異なる。髪形も其のひとつで、幼い頃より頭部を守る髪を一定の長さ迄伸ばす習慣は代わり無く。髪が伸びる迄は、男女共に髫で置かれる習慣もだ。東の男子は身分関わらず、伸びた髪は頭上へ馬の尾の如く結い晒す。其れは、元服前後も同じ。只、西では身分により男児のみ髪形が変わり、鬟(みずら)という独特な形へ結う慣わしがあるのだが。  冷泉は、旭の疑問へ軽い溜め息を吐いて。 「私は中々髪が伸びず、鬟が結えませぬでな……加えあの頃は他者以上に小柄で、よく女子の様だという声も聞きましたが……」  思わず、頷いてしまう旭。 「す、凄く愛らしかったと……」  其れが、此の様に凛々しくも精悍な美丈夫へと仕上がるのかと。人の成長とは、いとをかし。  そんな旭の心情はともかく、冷泉は頂いた嘗ての己への賛辞へ頭を下げる。 「光栄です」  妙な空気の中で、暫し互いに沈黙。冷泉は、哀しげに目を伏せた。あの婚礼の日、牛車を降りた冷泉は、追い続けた面影を残す青年を目にし心をざわめかせた。無垢で、可憐な瞳は変わり無く其のままの成長を遂げていて。だが、御目に掛かるは初と言葉が。一縷の望みに参ったものの、やはり旭の中に己は居なかったと冷泉。  旭も覚えている。あの日に己が冷泉へ、初対面であると示した事を。 「私が、一番最初に冷泉殿を傷付けたんだ……」  其れなのに、勝手に妬み嫉みをぶつけて。挙げ句、構うなと泣いて責めて。只の駄々っ子だと項垂れる旭。
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