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「いえ……我等は、幼くありましたので」
冷泉も理解はしている。幼い頃に一瞬の出会いと、ひとつふたつの言葉を交わしただけ。責める等お門違いなのだから。けれど、其れでも。
冷泉は、意を決し鋭い瞳を美しく光らせる。旭は、其の眼差しに貫かれる如く胸へ衝撃を感じた。冷泉が旭の手を握り、其の瞳を強く見据えて。
「恋情をくれと迄言わぬ。貴方には義務である事は承知。だがせめて、敬意と友情位は授けてくれ……貴方の伴侶は私であると、其の証だけは欲しいのだ」
其れは狂おしげで、哀しげな表情と声。其処に在る確かな熱情。声も出せずに頬を染め、只呆然と冷泉を見詰めるばかりの旭。
まさかと。まだ、混乱しかない旭の頭の中。冷泉は、あの日から己をずっと思ってくれていたのか。こんなにも凛々しく美しい完璧な人が、己の様な地位以外目立つもの無く、華もない者を。真、憧れた読本の如くの話。旭は、震える手で布団を握り締め、何か言葉をと懸命に探す。
冷泉へ必要以上の情けを掛けられる事が辛かった、怖かった。距離も掴めず、敵わぬ人と分かって居るのに、対等となれぬ事が苦しくて。其れは、何故であったのか。其の理由は――。
「れっ、冷泉殿、私はっ……其の、貴方を……お、お慕いしている……様な、気が致します……っ」
と、此れを告げた直後。
「皇子っ……!?」
途切れた声に、又も冷泉に激しい動揺が。旭の意識が遠退いたのだ。再び逆上せた顔で布団へ倒れたと言う。病み上がり、其の上冷泉から告げられたまさかの本心。旭の貧弱な精神には、御返事迄が限界であった様だ。
斯くして。大きな一歩となった、此の政略結婚。旭の『和泉の君』様、基。冷泉様攻略の道は、大きな展開を迎えたのである。
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