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「皇子」
静かな声であるにも関わらず、旭の身が跳ねる。
「あっ、はいっ……!」
冷泉には、旭の心情が分かるのだろう。其れにしても、此の素直でおぼこの如く反応は罪であると。
冷泉は、咳払いをひとつ。
「御安心下さい。病み上がりに何を求めるでもありませぬ故」
「い、いえっ、そんな……っ」
一先ず声を返す旭だが、上擦ってしまった。こんな事では、冷泉へ見透かされてしまうと、恥ずかしさで俯いてしまうが。
「冷泉殿、あの……先日迄、私を怒って居られたのは、何だったのでしょうか……」
此の和やかな雰囲気に甘え、旭はずっと心に掛かっていた霧を払おうと思い切った。此処数日、冷泉から漂っていた近寄り難い空気についてだ。思えば、此れが心労と寝不足であった筈。
処が。
「怒る……とは?」
冷泉の反応は希薄。更には眉間へ皺を寄せ、旭へ怒りを向けていた記憶は無いと。しかし、此処はもう折れぬと気を保つ旭。声と言葉にせねば、何も伝わらない。
「や、あのっ……だって、何か其の……あまり、お話もなさいませぬで……雰囲気も硬くて……!」
顔はまだ向けられぬものの、遂に思いを吐き出した旭へ、冷泉の声が遅れる。沈黙となり、旭は不安げに俯けて居た顔を上げると。
「皇子」
冷泉の静かな呼び掛け。其れが、何やら意を決したかの如くな雰囲気を醸しているもので。
「はっ、はいっ」
条件反射で身を正し、顔も冷泉へと確り向けた旭。張り詰めた空気、鼓動が相手へ聞こえぬかとなる程の緊張感が互いに。其処へ放たれた、冷泉の言葉。
「貴方は『あづき姫の恋日記』、何者を推しておいでか」
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