東宮妃の秘密。

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 冷泉は、まだ動きは愚か言葉も出せぬ様であった。しかし、ひとつ深い息を吐くと徐に顔を上げて身を正す。も、表情は暗いが。  旭も案じる中で、静かに開いた冷泉の口。 「『あづき姫の恋日記』……作者は、私の従妹に御座います」  告げられたのは、なんと言う事実かと。旭の瞳は再び輝きを取り戻した。そして、押さえきれぬ興奮に、再び冷泉の方へと身がのめる。 「え……えぇぇっ?!ま、真ですかっ!」 「はい」  肯定の声が、旭の瞳を潤ませて表情もしまり無く。遂には、冷泉の羽織をすがるように掴んで。 「なっ!何卒っ、何卒、夢紫(ユメムラサキ)殿へ会わせては頂けぬか!苦労して手にした保存用初版に、是非とも夢紫殿の御署名を……!」  余りの興奮に旭は、座する冷泉の上半身を揺らす様に懸命な交渉に掛かる。そんな冷泉の表情は無。 「皇子」  聞こえた声に、旭は期待を込めた瞳で冷泉を見る。 「はいっ」  返事も真良きもの。冷泉は、此の無垢な輝く瞳に一瞬気圧されるも、咳払いで気を沈める。 「私が申し上げたいのは、其処には御座いませぬ」  僅かに下にある旭の顔を見詰め、冷静な声で。旭はと言うと、此の鋭い目力にある圧に我に返った。徐に冷泉の羽織を掴む手を離し、身を戻す。そして、旭も又取り繕う咳払いを。 「は、はい。失礼した……あの、夢紫殿とは、どの様な御方か、聞いても……?」  落ち着きを取り戻すも、やはり好奇心が抑えきれない。遠慮がちながら、旭は冷泉へ話をねだる様に見詰めている。先程言うた様に、冷泉が語りたい話の核は其れでは無いがと。其れでも冷泉は、溜め息を交えつつも口を開く。 「夢紫とは、筆を取る上での仮の名。真には小紫(コムラサキ)と、当主で在られる母君より名を賜っております――」
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