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「此れは、もう直せぬのだろうなぁ」
冷泉を思い、呟きと共に漏れる旭の笑み。けれど、其れは人一倍己へも厳しく生真面目で、とても繊細な心を持つからだと。性分故の欠点があづきへも出るものの、其の動向を案じ手を差し伸べる姿は心配性な冷泉其のもの。そうして見ると、本当にそっくりだと。旭は、そんな冷泉の姿を思い浮かべ、又も笑みを溢してしまうが。
「あれ……では、私は『暁』ではなく、『あづき』になるのか……?」
此処に来てふと、己の立ち位置に悩み出すも、妙に恥ずかしくなってしまった。
和泉の君編を閉じた旭は、其のまま書棚へ仕舞う。安静にとは言われたが、再び激しく鳴る鼓動に身も落ち着き無く。そんな旭は、午睡をする気にもなれず、つい黒鉛の筆を取って居た。机上へ置いた紙に、筆を走らせる。其れは、遠いあの日と同じ思いであった。
其の日。冷泉は、昼餉も気を使ったらしく、姿を見せてはくれず。冷泉のそんな気遣いを理解した上で、夕餉は共にと侍女へ言伝てを頼んだ。以前は一人で食事をする方が気楽で良かったのだが、己も身勝手な事と旭。
夕餉時。旭よりの言伝てに、冷泉が姿を見せた。何時もと変わり無く、上の旭へ一度拝をして己の席へと。以前とは違った緊張感に、旭もまだ慣れては居らぬのだが、其れでも冷泉が居る事に安心して。
「――皇子。御加減は如何に御座いましょう」
食事を始め、一口、二口辺りで冷泉が静かに旭へ問う。旭は、気恥ずかしげに頷く。
「ええ、もうすっかり。明日から公務へ臨めましょう」
「何よりに御座いまする」
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