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「旭。どう申せば、貴方は己の御姿を自覚下さるのか」
傷付き俯いた旭の耳へ、冷泉の言葉が届いた。其れは、些か苛立ちをも込めたもの。徐に顔を上げようとした処で、腕を掴まれ、引かれた身。其れは前のめりに冷泉の胸の中へと。
「れ、冷泉……っ?」
「当初より申し上げた筈。貴方は、真に可憐で美しいと」
憂える瞳で、そんな言葉を違和感無く発せられる冷泉は、本に罪である。旭は顔に熱を籠らせ、硬直してしまった。
「やっ、あの……恐らく、冷泉位しか、そんな風には見えぬと、思う、けど……」
言葉と共に、俯く旭。幼き頃より己を見初めてくれた冷泉。自惚れる訳ではないが、思い出に彩りが添えられた可能性もある。そもそも、鏡を見た事位あるのだから、冷泉や嚆矢とは違う事位自覚していると。
しかし。
「其の無防備が貴方の危うき処であり、美しさでもあるのです」
出た声から、冷泉の苛立ちはおさまって居らぬ様子。冷泉にとって、旭が己を他者と比べ、卑下する意識が何とも理解し難いからだ。西の宮廷で育った冷泉の感覚では、美しさとは、何も華やかさばかりを指すものでは無いとの見方が強い。とは言え、其れを以てしても、旭の美貌が他へどう劣るのか全く不可解。無防備に感情を晒し、豊かに巡る表情は何とも愛らしく眩しい程。心優しく、慎ましやかな振る舞いも品格漂うて居ると。冷泉にとって旭は、鮮やかに心を染め上げる、正にくれなゐの花なのだから。
冷泉は、己の腕の中、まだ俯いたままの旭を抱く腕に力を込めて。
「私には、貴方の其の無垢な美しさへ魅入られる者は、男女別無く脅威なのです……後宮へ身を置く私が、如何程の不安を常に抱いているのかお分かりか……っ」
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