雅やかなる聖地にて。

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 次の月。其れは、蝉の声も筈かに減り出した頃。東西万民共通に控える、先祖を敬う夏の祭事を越してからと相成り。  まだ秋は見えぬが。そんな景色の中、竜胆の紋を印した東皇家の煌びやかな馬車が、西の御所を目指し出発した。其の馬車を目にした東の民達は、旅の無事を祈り、老若男女が手を振り見送ってくれる姿が。  そんな和む景色を眺めて、暫く。並び腰を下ろして居た旭と冷泉。此処でふと、冷泉が旭の傍らに置かれる、風呂敷包みへ目を向けて。 「――旭。其の風呂敷へは、何を……」  乗り込む時も、大切そうに抱え込んで居た事を思い出しつつ。個別に手にしている事が気になっていたのだ。旭は、冷泉の問いへ一瞬肩を跳ねさせるも、徐に其の風呂敷を手にし。 「えっ、と……此れは、其の、ゆっ、夢紫殿へ、御会い出来たらばと……っ」 「え……」  声を詰まらせた冷泉。では、此の包みはもしやと、視線を動かす。 「ど、どうしても、宝とする初版へ、御署名頂きたく……だ、駄目だろうか、冷泉……?」  顔を赤らめながら、冷泉を上目遣いに見てくる旭。無理もない。帝への拝謁も勿論重要な目的であるが、旭にしてみたら、此れより向かう西の御所、宮廷は聖地でもあるのだから。  冷泉は、弱味を突かれ眉を小刻みに震わせながらも。 「し、仕方ありませぬな……依頼してみます……」  咳払いと共に。 「ま、真かっ……有り難うっ、有り難う……!」  そして、此の無邪気な笑顔である。馬車内では、御勘弁頂きたいと頭の隅で思う冷泉の苦悩がありながら。
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