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西の帝より頂けたそんな言葉と笑顔へ、旭も同じく表情は和らぐ。
「西の帝……どうか、其の様に。私も兄と慕ったあの日と変わらず、御名での声を御許し頂きたい。水月(スイゲツ)殿、御久しゅう御座いまする。御元気そうで、何より」
西の帝、水月が微笑み旭へ再び頭を下げて答えた。旭等より、年が上な事もあるだろうか。落ち着いた其の優しげな目元は、気品を際立たせつつも親しみも与えてくれる。
此処で、水月は旭の傍らへ控える冷泉へ顔を移した。声無くも、冷泉へ向けた満足げな笑み。此れに、冷泉は何やら懸命に堪えるかの如く拳を握り締め、深く頭を下げた。
「誇るが良い。東の衣、様になって居るぞ……真、良い顔になった。ひとりで、よう頑張ったな」
本日、旭と冷泉は共に東皇家準礼装とされる、華麗な羽織袴。其れを瞳へ映す水月の声は、優しい兄の声であった。頭を下げたままに、冷泉は暫く声を出せぬ様子であったが。
「は……っ!」
そう、強く兄へ答える肩は震えていた。そんな冷泉を案じつつも、旭は西の后妃なる妹へも。
「百合。久しいな……真に美しく華やかだ。お前に、よう似合うて居るぞ」
旭より年若くで、更に家族、故郷を離れなければならなかった百合。朗らかで、前向きな性質ではあるが、やはり寂しさもあったろう。と、旭は気遣って居たが。
「あの、兄上……っ」
「ん?」
突然、百合が旭の羽織を掴み、其の身を冷泉、水月より距離を取る様に促す。背の低い百合へ、耳を寄せる様に身が傾いた旭へ。
「兄上っ、あの、と、東宮妃様って、い、『和泉の君』様に……っ」
扇子で覆った口より、小声であれ興奮気味に斯様な言葉が。此の雰囲気で、先ず其れなのかと。旭は、先程覗かせた百合への思いを撤回させる。妹は、変わらず逞しく在る様だと。
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