雅やかなる聖地にて。

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 声も、其れ以上は続かず。先日の佳宵と同じく、肩を震わせて。そんな父の思いへ、冷泉も口を開いた。 「私も、思いは同じくに御座います。旭殿の御陰で、漸く思い出せたのです……己の在るべき姿を」  其の声、表情は紛れもなく満ち足りたもの。桐壺も父なる人だ。冷泉の中には、常に満たされぬ何かがあると案じて居た。しかし、久方振りに見た我が子の眼差し。 「冷泉……そうか……以前と違うた、そなたの眼差しは、其れであったのだな……」  桐壺は、頷き冷泉へ微笑んだ。其の姿を映す瞳は、どうしても視界を滲ませてしまうが。 「善き御縁であったのですよ、父上。自信を御持ち下され」  父へと笑みを浮かべる水月。桐壺は、涙を軽く拭い頷く。 「そうだな……間違いでは無かった……何と……此れこそ、錦皇子の思し召しよ……我が子等も、架け橋となるべくで在ったのだな……」  感極まり、遠い先祖へ思いを馳せる父の姿。何処かで見た光景に、旭と冷泉は気まずそうに視線を送り合った。  年寄りの語りが始まる前にと、此の流れを斬って捨てたのは。 「冷泉」  爽やか且つ、穏やかな笑みを冷泉へと向けた水月。冷泉は、そちらへと顔を向けて頭を下げた。 「はい」 「せっかく里へと帰って来たのだ。衣を替えてはどうだ?」  続いた言葉には、冷泉も目を丸くさせてしまい、声も遅れる。因みに、百合が何とも表現し難い感情を抑え込む様を、旭は見逃さず。 「はっ?いえ、其れは……」  生真面目な冷泉は、素直な戸惑いを見せる。己は、現在東の東宮妃。旭の御前で、西の装いはと。しかし、水月は含みある笑みを笏で軽く覆いつつ。 「知らぬのか。錦皇子は、御公務で里へ御戻りなさった際に、西の装いで夫である一刀帝を持て成した事もあるとか。其れは、己が生まれ育った国や、家の在り方を知って頂くものだ」
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