雅やかなる聖地にて。

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 兄が尤もらしく語るもので、冷泉も感銘を受けた様子。 「何と、錦皇子が……そうなのですか。其の逸話は、学習不足でした」  そんな言葉と共に、旭へと頭を下げて。 「では、会談も一先ず無事成し得ましたので……皇子、暫し失礼致します」 「えっ、あっ、はい……っ」  旭はと言うと、少々複雑だ。冷泉の、西の装いを見てみたいとの思いはある。しかし、先程からの百合の反応が気に掛かって。勿論、百合や冷泉へ何かがあるとは思わないが、冷泉は『和泉の君』だ。此の西の宮廷で斯様な装いは、百合を含め多くの者が、其の姿に目を奪われるのではと一抹の不安が。  着替えに席を外した冷泉を見送ると、上皇も隠居は此処でと退室成された。本日旭と冷泉は、此の西の御所にて一泊を予定している。又、食事の機会にと笑顔を浮かべて。  部屋に残る水月、百合、そして旭。先程の話から、百合の瞳に落ち着きが全く無くなっている。表面上は平静を保って居るが、手に持つ扇子の軋む音が又。兄へと様々な事情を聞き出したい事は勿論、此れより初御目見えとなろう『和泉の君』様御登場等々。声を出さぬ事が成長なのだろうかと、旭が案じつつ。  そんな妙な空気間の中。 「――旭殿。私からも、御礼を申し上げまする。冷泉が、憂き世に道を見い出せた……貴方の御力です」  水月より、旭へ改まった礼の言葉が語られた。其れは、此処へ着いて顔を合わせた時、冷泉へ向けた優しい兄の表情。旭は、一瞬声が遅れるも。 「いえ、水月殿。お止め下され……其れは、私の言葉に御座います」
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