雅やかなる聖地にて。

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 気恥ずかしさに、笑みを浮かべて。其れよりは、些か砕けた話も。幼い頃より、旭を知る水月。冷泉の最初の印象は、先を不安に思うたのではと。苦笑いを浮かべる旭へ、けれど其処が可愛いだろうと、兄らしい言葉も付け足したりと。  明るい話の中で、水月がそんな旭へ微笑みを浮かべたままに、ひとつ息を吐いて。 「――まさか、こんな結果になるとは私も思わず……真に、錦皇子があの子について居られたのやも知れませぬ」  何やら、意味深な事を呟く水月。水月は、己と冷泉の事を知っていたのか。旭は、其の真意を確かめたく。 「水月殿――」 「冷泉様の御召し物が整いました」  旭の言葉を遮ったのは、襖の向こう側より通った女官の厳かな声。旭、百合はほぼ同時位にそちらへと顔が向けられた。此の様子に、水月が笏で口元を覆い笑みを隠しつつ。  両側へと開かれた襖より、西の装束へ身を包んだ冷泉の、何とも美しく雅やかな姿が。西で、一定の立場ある者は、袍と呼ばれる上衣を纏う。西では其の袍の色も、皇族へのみ許された色が幾つか存在するとか。笏を携えた冷泉は、華やかな深緋の袍を纏うていた。そして、先程迄晒して居た髪は、頂く垂纓冠へとおさめられて。百合は最早倒れそうな程に、内より込み上げる思いと戦っていた。そして、旭も。其の姿に声も言葉も忘れて只見入るばかり。牛車より降り立った、あの日の冷泉も蘇って。  冷泉は、兄と百合へ一先ず拝をして己の席、旭の隣へと腰を降ろす。 「見慣れた冷泉だ」  水月が柔らかに笑い、そう一言。冷泉も会釈の後で。 「そうなるでしょうな」
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