雅やかなる聖地にて。

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「蛍雪が参りました。失礼致しまする」  両側より開かれた襖より入って来た蛍雪は、先ず拝をした。声の後、徐に上がった其の容顔へ、今度は旭が身震いを覚える。そう、蛍雪も又『蛍の君』が読本より飛び出したが如く。穏やかで優しげな目元の、麗しい貴公子。正に、東が抱く西の男子らしき心象と言おうか。象徴的で、理想的で。  部屋の奥へと進み、旭の御前にて拝をする蛍雪。 「御初に御目に掛かります、東の皇子様。私、西皇家筆頭格第一子。蛍雪と、父より名を賜りました者に御座いまする……本日は我が君より、皇子様の接待を御許し頂けました」  間近へ在る『蛍の君』。声は、旭が脳内であてていた声と良く似ていた。何とも爽やかで、それでいて甘やかな。  旭は、懸命に興奮と動揺を抑え込み、己も頭を下げ声を返さねばと。 「おっ、御初に御目に掛かりまする。私は、東の帝第一子。あ、旭と、父より賜りました者に御座います……っ」  やはり動揺の全ては隠しきれず、些かしまらぬものへ。そんな旭へ。 「百合から話を聞きましてな。旭殿は、蛍推しだとか……此方の蛍雪は、『あづき』の蛍なのですよ」  爽やかな笑顔で、蛍雪を紹介する水月。旭は、我に変えるも。 「は、えぇっ……あの……っ」  声は出ても言葉には成らず。が、此の状況へ心乱れるは旭のみではない。憤りすら湧いてきた冷泉が、兄へ顔を向けて。 「兄上……っ」 「そなたらへは、少し私に付き合って貰いたいのだよ……頼む」  冷泉の憤りを、遮る様に出た水月の言葉。此れに、冷泉は兄の妙な違和感へ気が付き、今一度百合を一瞥した。とは言え、兄へ不満は残る。此の状況で、旭の側を離れたくはないが。 「百合殿。少々御待ち頂けますか」 「へっ?はっ、はい……っ」
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