雅やかなる聖地にて。

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 百合の了承を得た冷泉が、蛍雪へと歩み寄る。蛍雪は、側へと来た冷泉へ柔らかに微笑み。 「久方振りの再会と言うのに、もう少し表情を和らげておくれよ」 「今は、斯様な気分になれぬ」  静かであるが、些か威圧的にも聞こえた冷泉の声に、察する蛍雪の表情も変わり、笏で口元を覆う仕草。何やら不穏な空気感と相成りて。まるで、睨み合うかの如く雰囲気を醸す『和泉の君』と『蛍の君』。読本にもあった、まさかの戯画付き名場面遭遇に、東の兄妹は胸をときめかせ、目を輝かせと釘付けだ。 「蛍雪。そなたとは言え、必要以上に夫の側へ寄る事は許さぬぞ……身には触れぬと誓うて欲しい」  冷泉の嫉妬とも取れるそんな言葉へ、旭の胸が大きく鳴った。続き、こんな処でと顔に籠る熱。  蛍雪はと言うと、笏で覆う口元より溜め息をひとつ。 「随分信用が無いな……勿論、無粋は好まぬ。だが、興が冷める持て成しでは、逆に無礼となろう」 「誓うのか、誓わぬのか」  間髪入れずに、更に蛍雪へ問う冷泉。しかし蛍雪も臆すではなく、暫しそんな冷泉を見詰めて居た。が、此処で旭も我に返る。 「れ、冷泉っ……わ、私の事は、心配しないでくれ……大丈夫だよ……っ」  不穏な空気に、一声を投じた旭。冷泉も、思わず旭を振り返った。 「旭……」  其の表情から、旭は冷泉が素直に不安を見せていると。繊細で心配性な夫へ、込み上げる嬉しさを、苦笑いに留めて。 「あの……決して、冷泉を不安にはさせない。百合との散歩の後、皆揃ってお話も……宜しいですか、水月殿」
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