雅やかなる聖地にて。

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 旭の謝罪へ、蛍雪は柔らかに微笑む。やはり其れは、読本に描かれた『蛍の君』の美しい姿そのもの。男の己も、見惚れる程の眩しさだ。けれど旭は、此の美しい現実の『絵』を前に、今胸にある思いが、冷泉へのものとは全く違うと確信を得ていた。 「おっと。御話の途中でしたね……冷泉は幼き頃、玉の様な男子で、其れは其れは愛らしかったのですよ」  気を取り直し、話を戻した蛍雪。其の内容に、旭も楽しげに口を開く。 「あ、存じ上げて居ります。真、姫の如くでしたな」  此れには、水月も楽しげに表情が緩む。 「そうなのですよ。や、今も可愛いのですが、あの頃はもう特別で……」  堪えきれぬ思い出し笑いに、言葉に詰まる水月。其れを察した蛍雪が続けて。 「そうそう。帝が女装をさせて、弟と妹を一度に手に入れた等と――」 「蛍雪」  突如、両側へ開いた襖。そちらから聞こえたのは、重く低い冷泉の声。此れに、雰囲気に乗った蛍雪の肩が跳ね、語りも止まる。勿論、旭もだ。恐る恐る顔を向けると、何やら不穏な空気を纏う冷泉と、狼狽える百合の姿が。 「えっと……れ、冷泉……早かった、な……」  青ざめつつも、笑顔を繕う蛍雪。冷泉は、一先ず百合の手を引き、席へと送り届ける。が、変わらぬ空気を纏うままに蛍雪の元へ。 「そなた、皇子へ何を語り居った……」  やはり、空気も声も重苦しい何かが伝わる。影を落とされる蛍雪の視線は定まらず、笏で口元を覆い言葉を探している模様。 「あ、在りし日の、そなたとの、おっ、思い出話等をだな……っ」  旭も、推しの危機と口を開く。 「れ、冷泉っ、お、落ち着こうっ!……冷泉は、とても愛らしい男子だったとお話を……」
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